FC2ブログ

スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ドヴォジャークの歌曲集「糸杉」と弦楽四重奏曲「糸杉」について

アントニーン・ドヴォジャーク (1841-1904)
03 /21 2015
 1865年プラハ仮劇場オーケストラでヴィオラを弾いていたドヴォジャークは、作曲のかたわら金細工師ヤン・チェルマークの二人の娘にピアノと歌を教えていた。妹のアンナは後に妻となるのだが、彼が恋の炎を燃やしたのは姉の方で、当時16歳の女優の卵でヨゼフィーナといった。しかしそれは片思いに終わり、その挫折感は音楽で表すしかなかった。そして歌詞として選んだのがグスタフ・プフレーガー・モラフスキー(1833年生)の「糸杉」で、1857年から60年にかけて書かれ、62年に出版された叙事詩集である。喀血に悩み、保険会社の仕事をしたりドイツに旅していた時に書き上げたもので、深い悲しみや暗い墓場を連想させる「糸杉」のテーマは、人生の悲しみと矛盾である。ドヴォジャークはこの詩集のなかに、自分の心の投影を見たのだろう。夜毎一つ一つの詩に作曲してゆく。月光のもとで、友人を訪ねたとき、夕食中にすら。こうして7月末に全18曲が出来上がった。しかしこれはオリジナルな形では出版されず、
*2曲目はオペラ「ヴァンダ」に
*6,10曲目は作品2の歌曲集に
*17曲目はピアノ曲集「影絵」の1、5番目に
*2,3.4,6,7,8,12,14,17,18曲目は弦楽四重奏曲に(のちにスークにより「糸杉」として出版)
*2,3,4,6,8,9,14,17曲目は手を加えて歌曲集「愛の歌」(1888年12月完成)
として出版された。

以上、「ドヴォジャーク大全集」(1991年、日本コロンビア)所収の関根日出男先生による解説から抜粋して引用しました。次回より弦楽四重奏曲「糸杉」となった曲から取り上げてみたいと思います。

コメント

非公開コメント

ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。