プーランク『黒人狂詩曲』Rapsodie Nègre♪

フランシス・プーランク(1899-1963)
04 /30 2010
プーランク『黒人狂詩曲』 Rapsodie Nègre♪

フランシス・プーランクは1899年1月7日、パリのエリゼ宮から数メートルにあるSausaies広場2番地に生まれた。裕福な芸術を愛好する一家に生まれた彼は、パリを舞台にした様々な芸術的出来事を身近に聞いて育った。幼いころからのドビュッシーの音楽への傾倒、1914年のシャンゼリゼ劇場での「春の祭典」の初演とストラヴィンスキーへの熱中、サティとの交流.、そしてピアノの教師や数多くの若い音楽家との友情...

早熟の天才ピアニストとして成長した彼は、やがて作曲にも興味を持つ。1917年、18歳のプーランク少年は、古本屋で見つけた詩集「マココ・カングルー詩集」Les poésies de Makoko Kangourouという本に惹かれる。これは黒人がフランス語で書いたと称するデタラメな詩だが、この詩集から処女作『黒人狂詩曲』Rapsodie Nègre(全5楽章)が生まれた。(当時のフランスでは黒人芸術が大流行していた。)

編成もとてもユニーク。ピアノ、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、クラリネット、そしてバリトン独唱。第3,5楽章で詩の一編「ホノルル」が歌われる。(詞に意味は無い(!)そうだ)。

*最初の二楽章はこちら。学生の演奏による全曲もある。

Honoloulou Honoloulou
Katimako mosi bolou
Rata Kousira po lama.

Wata Kousi mota ma sou
Etcha pango Etche panga
tota mou nou nou nou vanga
lo lo lulu mata ma-son-

Pota ta bo bona na lou
mandes Golas Glehes ikrous
Banana lou ito kous kous
Puta la ma Honoloulou

初演(1917年12月)の演奏会では、独唱者が「おじけづいた」ために歌いたくないと言い出したので、プーランクが自分で歌った! 初演は成功して、プーランクは新進作曲家として一躍名声を得た。

書いていてめまいがするくらい、初めから最後まで冗談のような逸話だが、この作品はとても面白い。茶目っ気一杯で、もうプーランクの響きが聞こえる。初めて聴いたときはラヴェルの『マダガスカル島の歌』のパロディかと思って爆笑してしまったのだが、何と!この曲の方が8年も早く書かれている。それにしても、この作曲家プーランクを生んだ「マココ・カングルー詩集」ってどんな本だったのだろうか。一度手に取って、ページを開いてみたいと思う。


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翌1918年、プーランクは第一次大戦に出征した。

(続)
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