齋藤茂吉 - ゆふぐれの たいさんぼくの

コンデジ(Olympus & Sigma)と日記
08 /28 2007
大正九年、当時39歳の斉藤茂吉は長崎に単身赴任していた。
病院の跡取りとして嘱望されていた茂吉が、作歌に熱中していることを案じて、義父が長崎医専の教授・県立病院の精神科部長として赴任するよう計らったといわれる。



東京の「アララギ」歌壇や友人たちから離れ、見知らぬ土地で単身赴任の茂吉。当時の歌にはそれまで表には現れなかった彼の心弱く繊細な感性があらわれている。

くらやみに向かひてわれは目を開きぬ限りもあらぬものの寂けさ

あらくさの繁れる見ればいけるがに地息のぼりて青き香ぞする

ゆふぐれの泰山木の白花はわれのなげきをおほふがごとし

その年の夏、年頭に罹患したスペイン風邪は悪化して肺炎の兆候をみせていた。容態を手紙で知らされたアララギの同志・親友の島木赤彦は東京から急遽駆けつけた。

よしゑやしつひの命と過ぎぬとも友のこころを空しからしむな

7月26日、彼らは療養のため温泉嶽に向かった。



ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。