セヴラックのオペラ

デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)
03 /01 2015
セヴラックは4つのオペラを書いているが、録音されたのは恐らく第二作の「風車の心」Le Coeur du moulin (1902-09) だけだと思う。現在CDはメーカー品切れのようで、いまだ入手できていない。管弦楽曲集のCDも廃盤。気が付いた時に買わないとこういうことになります。
https://www.youtube.com/watch?v=Uo-1TS84M-A

断片を聴いたかぎりでは、カントルーブの民謡編曲にとても近い世界だと思うが、実際にこの二人はスコラ・カントルムの先輩後輩で、とても親しかったそう。そういえばカントルーブのオペラ「ヴェルキンゲトリクス」も、まだ入手できていない。カエサルのガリア征服に対抗したガリア人の英雄を描いたオペラだそうですか。

どなたか音源をお持ちではありませんか?

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デオダ・ド・セヴラック 歌曲「ミミズク」

デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)
02 /14 2015
セブラックのボードレールの詩による唯一の歌曲です。

セヴラック 歌曲「ミミズク」

原詩 シャルル・ボードレール
作曲 デオダ・ド・セヴラック(1910年頃)



Sous les ifs noirs qui les abritent,
枝を拡げた暗いイチイの木陰に
Les hiboux se tiennent rangés,
ミミズクたちが並んでいる
Ainsi que des dieux étrangers,
異国の神のように、
Dardant leur oeil rouge. Ils méditent.
紅い眼を光らせるながら。彼らは瞑想する。

Sans remuer ils se tiendront
身動きせずに彼らはとどまる
Jusqu'à l'heure mélancolique
憂鬱の時が来るまで
Où, poussant le soleil oblique,
傾いた太陽が沈み
Les ténèbres s'établiront.
暗闇が辺りを覆うまで。
*tiendront直接法単純未来

Leur attitude au sage enseigne
彼らの態度は賢明なひとに教える
Qu'il faut en ce monde qu'il craigne
この世では用心しなければならない
Le tumulte et le mouvement;
暴動や騒乱を。
*craigne →craindre

L'homme ivre d'une ombre qui passe
過ぎ去る影に酔った者は
Porte toujours le châtiment
永遠に罰を背負う
D'avoir voulu changer de place.
違うところに行きたいと願ったことで。
*voulu→vouloir過去分詞(複合過去)

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ヴェルレーヌ、ボードレールといった、パリで活躍した作曲家たちがこぞって付曲した詩人を、セブラックも歌曲で取り上げている。しかし、セブラックは(その完成度にもかかわらず)、歌曲集を編んだり連作を作ったりすることはなかった。これら2つの作品でも、原詩の内容は、放蕩や放浪の挙句の「罰」であることは注目するに足る。

それにしても、ミミズクの鳴き声をピアノに写したこの鋭敏な耳と、その音階に乗って進むこの音楽!自然の物音から創られた音楽・・・ドビュッシーがセブラックの音楽に共感し激励したという有名なエピソードを、この曲は実感させてくれる。ごく自然に、それまでどの作曲家も出来なかったことを成し遂げて。

ドビュッシーも「潮騒の音階による歌曲」を書いたひとだった。
http://kunstlied.blog23.fc2.com/blog-entry-1252.html

デオダ・ド・セヴラック 歌曲「空は屋根の上で」

デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)
02 /11 2015
歌曲「空は屋根の上で」

原詩 ポール・ヴェルレーヌ
作曲 デオダ・ド・セヴラック(作曲1901年)



Le ciel est, par-dessus le toit,
空は、屋根の上で
Si bleu, si calme !
かくも青く、静かだ!
Un arbre, par-dessus le toit,
木は、屋根の上で
Berce sa palme.
梢を揺らしている。

La cloche, dans le ciel qu'on voit,
鐘は、ほら、あの空に
Doucement tinte.
静かに響いている。
Un oiseau sur l'arbre qu'on voit
鳥は、ほら、あの木の上で
Chante sa plainte.
悲しげに鳴いている。

Mon Dieu, mon Dieu, la vie est là
神よ、おお神よ、あれこそ人生、
Simple et tranquille.
飾り気なく、静か。
Cette paisible rumeur-là
穏やかな喧騒が
Vient de la ville.
街からやってくる。

Qu'as-tu fait, ô toi que voilà
どうしたのだ、お前はそこで
Pleurant sans cesse,
絶えず泣いていて、
Dis, qu'as-tu fait, toi que voilà,
言ってみろ、どうしたのだ、お前はそこで
De ta jeunesse?
自分の青春を。

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セブラックがパリ遊学時代に作曲した、ヴェルレーヌの詩による二曲の歌曲のうちの一曲。(もう一曲「悲しい風景」は2002年に出版された。)

椎名氏はセブラックの生家訪問記の中で、村に鳴り響く鐘の音について記述している。「この鐘の音は万人に共通に聞こえ、すなわち共有され、人々の共同体としての生活のリズムを刻んでいる。私たちは孤独ではなく、村の人々はたすけあったり、励ましあったりして、強い紐帯で結びついている(中略)パリで孤独な生活を送っていたデオダが、このような故郷の鐘の音を思い出していても不思議はないだろう。」

投獄され、呻吟する自分を描いたヴェルレーヌ。街のかすかな喧騒が不安の囁き声のように独房の空気を覆い、教会の鐘の音が重い音色で反響する。故郷の風物を題名に持つ作品とは、あまりにも違うセブラックのもうひとつの姿。そしてフォーレやドビュッシーのヴェルレーヌ歌曲と肩を並べる、この完成度。

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デオダ・ド・セヴラック 歌曲「愛しい子よ」

デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)
02 /08 2015
故郷に戻ったセブラックが、41歳で生まれた一人娘のマガリの最初の誕生日にプレゼントした子守歌。最終節の「せせらぎと微風が揺りかごをゆする」という表現、故郷の自然が生まれてきた子を育んでいるというこのくだりは、セヴラックの音楽の原点を物語っているように思います。

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セヴラック 歌曲「愛しい子よ」Ma poupée chérie

作詞・作曲 デオダ・ド・セヴラック(1914年)



Ma poupée chérie ne veut pas dormir!
私の愛しい子は眠ろうとしない!
Petit ange mien, tu me fais souffrir!
愛しい天使よ、困った子ね!
Ferme tes doux yeux, tes yeux de saphir,
目を閉じてね、サファイアのような目を。
Dors, poupée, dors, dors! ou je vais mourir.
お眠り、可愛い子よ、お眠り、でないと私は息絶えてしまう。

Il faudrait, je crois, pour te rendre sage,
おりこうさんになるには、あげなくちゃいけないのかしら。
Un manteau de soie, de riches corsages!
華やかなコルサージュの付きの絹のマントを!
Tu voudrais des roses à ton clair béguin,
欲しいんでしょ、きれいな帽子にバラの飾りと
Des bijoux d'or fin et mille autres choses!
純金の飾り物や、ほかにもたくさん!
*faudrait→falloir(条件法現在)

(第一節繰り返し)

Quand parrain viendra, sur son âne gris,
名付け親のおじさんが、灰色の驢馬に乗ってくるとき
Il t'apportera de son grand Paris,
連れて来てくれるわ、パリの街から
Un petit mari qui dira: "Papa"
ちっちゃなだんなさんを、その子は「パパ」と言って
Et qui dormira quand on le voudra.
ちゃんと眠るの、言われたときには。

Ma poupée chérie vient de s'endormir!
私の愛しい子は眠ったみたい!
Bercez-la bien doux, ruisseaux et zéphirs!
優しく揺りかごをゆすってあげて、せせらぎと風よ!
Et vous chérubins, gardez-la moi bien!
そして天使さま、お守りください!
Sa maman jolie l'aime à la folie!
ママはこの子が愛しくてたまらないのですから!

ルーセルとセブラックと

デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)
02 /06 2015
アルベール・ルーセルは海軍士官として任官した後に、20代半ばで音楽家に転身してパリの私設音楽院「スコラ・カントルム」の第一期生として学んだ。同級にはデオダ・ド・セブラックがいた。面白いことに後者は陸軍士官学校の出で、音楽家を目指したのはやはり20歳を過ぎてからのことだった。いったん社会で身を立ててから音楽家になったことは、両者の生き方に共通した影響を与えていると思う。二人とも同時代の流行を追ったり、社会的な名声を求めたりせずに、自分の生き方と音楽を貫いた。セブラックはスコラ卒業とともにパリを去り、故郷の南仏で音楽を書き続けた。49歳で早すぎる死を迎えるまで。

このセブラックの伝記が、2011年に日本で出版された。この椎名亮輔さんによる労作は罪作りな本で、読んでいると無性にセブラックの音楽と、スコラ・カントルムで彼に関わった人々の音楽を聴きたくなる。そして氏は自らピアノを弾いて、奈良ゆみさんとセブラックの歌曲まで録音した。これがまた魅力的なCDなのだ。年譜、作品目録、ディスコグラフィー、生家訪問記まで完備したこの伝記とCDと、今までほとんど知らなかったセブラックについて、ようやく全体像が見えてきたように思う。そして浮かんできたのは、実に魅力的な人物と音楽だということだ。生涯をかけて、故郷を愛し、その風土を愛し、ことばを愛したひとが遺した音楽。ノスタルジックでありながら、現在も新しい感動を生みつづけている音楽。

http://www.artespublishing.com/blog/200/246/


ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。

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