歌劇「アラベラ」より

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
06 /04 2011
歌劇「アラベラ」の舞台は1860年代のウィーン。

ウィーンのある零落貴族に、アラベラ(姉)とズデンカ(妹)のふたりの娘がいた。気ままなアラベラは社交界の華として多くの求婚者に取り巻かれ、優しいズデンカは実家の没落のために「少年」として育てられている。それでもふたりはとても仲のよい姉妹だった。

ズデンカ(男性型でズデンコと呼ばれている)は、アラベラに振られて自殺まで思いつめている「親友」がいて、内心では彼を愛している。一方でアラベラはそんなことは気にもとめず、いつか心から愛する男性に出会うことを夢見る。一方で、いよいよ金に窮した父は、軍人時代の富裕な旧友にアラベラの写真を送り、「金になる」求婚者を見つけようとする...

1960年のリサ・デラ・カーサがタイトルロールを歌った映像。
この優雅なデンポのシュトラウス!




アラベラ:
Aber der Richtige wenn’s einen gibt für mich auf dieser Welt
だけど本当に、私のための人がこの世にいるのなら、
der wird einmal dastehn da vor mir und wird mich anschaun und ich ihn,
わたしの前に立ってわたしを見つめるなら、わたしもその方を見つめる、
und keine Zweifel werden sein und keine Fragen,
なんの疑いもなく、なんの問いかけもなく、
und selig werd’ ich sein und gehorsam wie ein Kind.
ただ嬉しくて、子供のように神妙になるわ。

ズデンカ:
Ich weiß nicht wie du bist, ich weiß nicht, ob du Recht
あなたがどんな人なのか、正しいのか私は分からない。
hast, dazu hab’ ich dich viel zu lieb!
でもわたしはお姉さんがとても好き。
Ich will nur, daß du glücklich wirst mit einem, der’s verdient!
わたしはただ、ふさわしい人と一緒になって、幸福になってほしい。
und helfen will ich dir dazu.
そのためにお役に立ちたいの。
So hat ja die Prophetin es gesehn, sie ganz im Licht,
占い師が言っていたわ、姉さんは明るいところへ行き、
und ich hinab ins Dunkel.
わたしは暗闇に落ちていくって。
Sie ist so schön und so lieb – ich werde gehn, und
あなたはとても美しくて愛らしい、わたしは行って
noch im Gehn werd’ ich dich segnen, meine Schwester
あなたを祝福しましょう、お姉さん。


マンドリーカの求婚のアリア
ウィーンの紳士たちとはがらりと異なって、朴訥な農夫のそれをを思わせる。まず自分が若くして妻を亡くしたこと、そしてアラベラの写真が情熱をかき立てたことを語り、自分の心をアラベラに告げる。

マンドリーカ:(冒頭約2分の箇所から)
So schön sind Sie – eine Gewalt ist in Ihren Zügen,
あなたは本当に美しい―あなたの容貌の力が
sich einzudrücken in die Seele wie weiches Wachs!
私の魂のなかに、柔らかい蜜蝋のようにしみこんでくるのです。
über den einfachen Menschen, den Felder und Wälder
森や野にかこまれている素朴な人間にとって、
umgeben, ist eine solche Gewalt sehr groß, und er
そのような力はたいへん大きいのです。そしてその男は
wird wie ein Träumer, wie ein Besessener wird er, und
夢見る人のように、憑かれたようになり、そして
er faßt den Entschluß mit der Seele, einen ganzen Entschluß,
心の奥からの決心をして、
und wie er entschlossen ist, so muß er handeln!
決心したとおりにせずにはいられないのです。

(Arabella erschrickt vor seiner Heftigkeit, steht auf.)
(アラベラは彼の高揚に動揺して立ち上がる)

Gräfin, ich habe vergessen, wie anderswo die Welt ist.
伯爵令嬢さま、私は忘れていました、
Hier sind nicht meine Wälder und Felder,
ここは私の森や野ではないことを。
...

アラベラは自家が没落し、「世間からすれば、たいした存在ではない」ことを告げる。しかしマンドリーカは一向に気にしない。「私と一緒に来て、女主人となってください。絹のような草原の上で、孔雀に餌をやってください。あなたのことを噂するような人は決しておりません、皇帝陛下と女王陛下を別にすれば。」

アラベラはマンドリーカのなかに、自分が求めていたものを見出す。思うままに生きているようで、世間の評判を気にしていたアラベラ。彼女は深く動かされ、求婚を受けることを決心する。

ふたりの対話のはしばしに、真情の問いかけが宝石のように埋まっている。この後には、ホフマンスタールの台本でも圧巻の、素晴らしい対話劇が続く。

マンドリーカとの婚約を決意したアラベラは歌う。それは一幕のアリア「私のための人がこの世にいるのなら」の変奏というより発展型である(この映像の6分以降)。彼女の恋の理想は、もはや世間体を取り繕って「子供のように神妙になる」ことではない。そうした次元を離れた、高い幸せの予感を彼女は歌う。台詞と旋律が、共に彼女の人間的成長を描く。


第二幕
アラベラ:
Der Richtige – so hab’ ich still zu mir gesagt,
本当にわたしのための人が―そうわたしは自分に言ったのです。
der Richtige, wenn’s einen gibt für mich,
私のための人がこの世にいるのなら、
der wird auf einmal da sein, so hab’ ich gesagt,
この人こそ―そうわたしは言ったのです。
und wird mich anschaun und ich ihn,
そのひとはわたしをみつめて、わたしも彼をみつめる、
und keine Winkelzüge werden sein
なんの隠しだてもなく、
und keine Fragen, nein, alles heil und offen,
なんの疑念もなく、すべてが健やかで明るい、
wie ein lichter Fluß, auf den die Sonne blitzt!
太陽の光輝く、澄んだ流れのように!
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哀悼

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
05 /27 2010
今日の産経新聞の朝刊で、往年の名ソプラノ、アンネリーゼ・ローテンベルガーが亡くなったことを知った。

昨年、ホフマンスタールの台本によるシュトラウスのオペラについて書いていたとき、彼女の残した数々の音源の素晴らしさを知った。『バラの騎士』のゾフィー。『アラベラ』の妹役、ズデンカ。この2つは映像も残っているから、全盛時の舞台姿も知ることができる。役柄に本当にふさわしい、可憐な少女役。

『バラの騎士』の元帥夫人が、”In Gottes Namen”と若い二人に言い残して退場するように、こんな可愛らしい少女を演じたひとも、気品ある老婦人として、この世界から永遠に姿を消してしまった。こうして、私たちが知っているすべてのものは、ひとつひとつ順番に消えていくのか。

「エレクトラ」の思い出

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
04 /14 2009
R・シュトラウスのオペラを初めて見たのは、20年前の卒業旅行の時。ロンドンのコヴェントガーデンでショルティが指揮した「エレクトラ」だった。

プリミエということで完売、当日券は長蛇の列。そして目の前で売り切れてしまった。あとはリターンチケットが一枚だけある、と職員は言う。

「70ポンドです。」と言った途端、列に並んでいた人たちはみんな顔を見合わせた。約一万五千円の最上席。「買います!」とすかさず声を上げて、さっさと窓口に行った。現金で払っていると、一見してオペラ好きの人たちがまじまじと私を見て声をかけてきた。

「いいのか、70ポンドだぜ?」
「いやいや、日本で見たらその数倍はするから。」
今度は向こうが顔を見合わせた。

念のため、窓口の女性に「学生券はありませんか?」と聞いた。
彼女は笑って「70ポンド出せるひとに、必要ないでしょ!」
そんなにびっくりするほどの金額だったのか。

演奏はすごかった。文字通り震撼する音世界。舞台をヴィクトリア朝時代のイギリスに移して、支配被支配を鮮明にした舞台。猛禽の羽ばたきのようなショルティの後姿が今も目に浮かぶ。音楽に全身が震えるような体験は初めてだった。

華麗なオペラハウス。美しい内装。燕尾とドレスに盛装した紳士淑女たち。
そのなかにたった一人、Gパンに緑色のセーターを着ていた私。
あればかりは、思い出しても顔が真っ赤になる。学生だったとはいえ。。。

歌劇「アラベラ」終幕2

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
04 /11 2009
アラベラはコップ一杯の水を取って、「一瞥さえ与えず、おやすみとも言わずに」部屋に入る。舞台の上に残っているのはマンドリーカひとり。彼はアラベラを信じきれなかった自分を責め、打ちひしがれている。

しかし、アラベラはやがて扉を開けて、静かに階段を下りてくる。(満場の聴衆が彼女を見つめる、素晴らしい瞬間)。そして茫然としているマンドリーカに語りかける。この終幕の場面は、シュトラウスの全オペラのなかでもひときわ感動的だ。さきにマンドリーカがアラベラに語った、故郷の婚約の風習。おそらくは太古の異教時代に遡る、愛するふたりを永遠に結びつけてきた、コップ一杯の澄んだ水。

マンドリーカがその水を飲み干し、コップを砕いたあとにアラベラは歌う(4分6秒から)。それは一幕のアリア「本当に、私のための人がこの世にいるのなら」の旋律だが、夢見るような風情は消えて、婚約したふたりの心を確信をこめて歌い上げている。

Und so sind wir Verlobte und Verbundene
これで私たちは婚約して、
auf Leid und Freud und Wehtun und Verzeihn!
悲しみと喜びを共にし、苦しみも許しも分かち合う。


オペラを通して描かれる彼女の内的な成長、聴衆はその一部始終を目にする。素晴らしい女性ではないか。ホフマンスタールが人生の最後に描いた、この魅力的な女性の成長と救済のドラマ。

1929年7月15日、この台本を残してホフマンスタールは死んだ。その2日前に自殺した長男の葬式に参列しようとして、悲痛のあまり昏倒し、そのまま息を引き取ったという。新しい夫婦の祝福を描いた詩人は、自分の家庭の崩壊を見、その悲しみに倒れた。(終)

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歌劇「アラベラ」終幕1

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
04 /06 2009
(以下あらすじ)
マンドリーカとの婚約が成って幸せ一杯のアラベラ。彼女は最後のワルツを踊りながら、ほかの求婚者たちひとりひとりと別れを告げる。(茫然自失の人、怒る人、悲しむ人、それぞれの相手の心を思いやりつつ、きっぱりと切り捨てる、このすごい「女性力」!)。

しかし妹ズデンカの「親友」で、アラベラを熱愛するマッテオ(まだズデンカを男と思い込んでいる)は打ちひしがれて自殺をほのめかす。それを見かねたズデンカは、姉の部屋の鍵と偽って自分の部屋の鍵を渡し、それを耳にしたマンドリーカは逆上する。(第二幕終り)

第三幕。舞台はアラベラ一家の宿泊しているウィーンのホテル。アラベラと(実はズデンカと)思いを遂げたマッテオは、舞踏会から戻ってきたアラベラに出くわす。かみ合わない押し問答のなか、マンドリーカとアラベラの両親も戻ってくる。マンドリーカはアラベラをなじり、アラベラの父はマンドリーカに決闘を申し込み、あわや婚約は破棄、といったところで、自分の身を犠牲にしたズデンカの告白で全ては明らかになる。

マッテオとズデンカはめでたく結ばれるが、真相を悟ったマンドリーカはアラベラを疑った自分を決して許すことができない。懊悩するマンドリーカ。アラベラは気を落ち着けるために、コップ一杯の水を受け取って自分の部屋に入っていく。

しかし、階下で沈みこんでいるマンドリーカのまえに、アラベラは階段を降りてくる。
そして素晴らしい赦しと和解の場面がはじまる。

それは詩人ホフマンスタールの絶筆となった。
(続)

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ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。

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