デュパルク 歌曲「ロズモンドの館」 レジーヌ・クレスパン

アンリ・デュパルク (1848-1933)
10 /24 2010


フォーレが「月の光」を書いていた頃、デュパルクはもう作曲を止めてしまっている。神経を病んだ彼の筆から新作は生まれず、約20年の作曲活動の間に書き上げていた作品も殆どが破棄された。作品表を見ると、自身の台本による3幕のオペラ「ルサルカ」を計画していたようだが、この作品ももっと長い叙事詩カンタータの一部分だったのだろうか?


「ロズモンドの館」Le manoir de Rosamonde

原詩 ロベール・ド・ボニエール
作曲 アンリ・デュパルク 1879-82年頃

De sa dent soudaine et vorace,
突然、獰猛な牙で
Comme un chien l'amour m'a mordu...
犬のように、愛が私に喰らい付いた...
En suivant mon sang répandu,
滴った私の血痕を追っていけば、
Va, tu pourras suivre ma trace...
さあ、私について来ることができよう。

Prends un cheval de bonne race,
血統の良い馬に乗り、
Pars, et suis mon chemin ardu,
出立して跡をつけろ、私の辿った難路を、
Fondrière ou sentier perdu,
ぬかるんだ辺鄙な隘路が
Si la course ne te harasse!
お前を消耗させないなら!

En passant par où j'ai passé,
私が通った所を通るとき、
Tu verras que seul et blessé
お前は孤独の内に傷ついたことを知るだろう
J'ai parcouru ce triste monde.
私がこの悲しい世界を彷徨したときに。

Et qu'ainsi je m'en fus mourir
そうして私は死出の旅路にあった、
Bien loin, bien loin, sans découvrir
遥か彼方に、見出すことなく。
Le bleu manoir de Rosamonde.
ロズモンドの青い領主館を。

デュパルク 歌曲「悲しき歌」

アンリ・デュパルク (1848-1933)
10 /13 2010


デュパルクの現存する最初の歌曲も、このジャン・ラオール(本名Henri Cazalis)という詩人の作品を使っている。デュパルク20歳の清冽な抒情、切り詰めた音のなかに流れる優しさと真率さ!

「恍惚」とは対照的に、これは心が再び生と未来に向かい始めたときの歌。これだけ澄み切った思いで相手を思うことがあるのか、とデュパルクのいくつかの歌曲を聴くときに思う。たとえばこの曲や最高傑作と思う「フィディレ」などを聴く時に。

クレスパンの名唱があったので、語り手を女性として訳し直してみた。

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「悲しき歌」
原詩 ジャン・ラオール
作曲 アンリ・デュパルク

Dans ton coeur dort un clair de lune,
あなたの心の中に月明りがまどろむ、
Un doux clair de lune d'été,
優しい夏の月明りが。
Et pour fuir la vie importune,
わずらわしい生から逃れるために、
Je me noierai dans ta clarté.
私は浸ろう、あなたの光のなかに。

J'oublierai les douleurs passées,
私は忘れるでしょう、過ぎた悲しみの数々を。
Mon amour, quand tu berceras
愛しい人よ、あなたが癒してくれるとき、
Mon triste coeur et mes pensées
私の悲しみの心と、物思いを、
Dans le calme aimant de tes bras.
あなたの腕の優しい静けさのなかで。

Tu prendras ma tête malade,
あなたは、私の病んだ頭を腕に抱き、
Oh! quelquefois, sur tes genoux,
おお、ときには、あなたの膝の上に置くでしょう、
Et lui diras une ballade
そして物語るでしょう、バラードを
Qui semblera parler de nous;
私たちのことを語っているような。

Et dans tes yeux pleins de tristesse,
そして悲しみに満ちたあなたの眼のなかに、
Dans tes yeux alors je boirai
あなたの眼のなかに、私は飲み干しましょう、
Tant de baisers et de tendresses
たくさんのくちづけと、たくさんの優しさを、
Que peut-être je guérirai.
そのとき、私は癒されるでしょう。

デュパルク 歌曲「恍惚」

アンリ・デュパルク (1848-1933)
10 /11 2010


レギーヌ・クレスパンの名唱で、久々にデュパルクの作品を聴いた。これだけ多くの作曲家を取り上げてきて、一番好きなのはデュパルクだということを再確認した。

Extase「恍惚」

作曲 アンリ・デュパルク、1874年
原詩 ジャン・ラオール

Sur un lys pâle mon coeur dort
蒼白い一輪の百合の上に、私の心はまどろむ
D'un sommeil doux comme la mort
死のように甘い眠り
Mort exquise, mort parfumée
最上の死、香り高い死、
Du souffle de la bien aimée ...
最愛の人のため息につつまれて...
Sur ton sein pâle mon coeur dort
蒼白いあなたの胸の上に、私の心はまどろむ
D'un sommeil doux comme la mort...
この眠りは甘い、死のように...

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死にゆく恋人の胸に身をもたれて、自分も息絶えつつある男の歌。恋人たちの死の恍惚という、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を思わせる主題だが、デュパルクはなんて繊細な曲を付けたものか。悲しみが深いほどデュパルクの音楽は静かに内面にこもって、lente et calmeで曲ははじまり、男の独白は近づきつつある死の溜息と、恋人を感じている幸福感がともどもに歌われる。8小節の後奏、ピアノの8分音符の音型は二人の弱まっていく鼓動のようだ。最後に和音が鳴って曲が終わるとき、かげがえのない何かが終わってしまったような思いがする。これはデュパルクが生涯に残した、たった17曲の歌曲のうちの1曲!


アンリ・デュパルク 「前世」

アンリ・デュパルク (1848-1933)
11 /28 2009
La vie antérieure「前世」♪  

原詩 シャルル・ボードレール
作曲 アンリ・デュパルク (1848-1933)
カミーユ・モラーヌ(Br) / リリ・ビアンヴニュ(pf)

J'ai longtemps habité sous de vastes portiques
私は長い間住んだ、広大な柱廊の下に、
Que les soleils marins teignaient de mille feux,
海の太陽が無数の火で照らし、
Et que leurs grands piliers, droits et majestueux,
巨大な円柱が、高く堂々と聳え、
Rendaient pareils, le soir, aux grottes basaltiques.
夕べには、玄武岩の洞窟のように思えた。

Les houles, en roulant les images des cieux,
波はうねりながら大空のさまざまな姿を写しだし、
Mêlaient d'une façon solennelle et mystique
荘厳と神秘のうちに、まぜあわせた、
Les tout puissants accords de leur riche musique
その豊かな音色の力強い和音のすべてと、
Aux couleurs du couchant reflété par mes yeux...
わが眼に反映する日没の色彩を。     

C'est là, c'est là que j'ai vécu dans les voluptés calmes
その地こそは、私が悦楽の静けさのうちに住んだ所、  
Au milieu de l'azur, des vagues, des splendeurs,
青空と、波と、栄華のうちに、  
Et des esclaves nus tout imprégnés d'odeurs
そして全身を香油に浸した、裸身の奴隷たちが、
Qui me rafraîchissaient le front avec des palmes,
私の額を棕櫚の葉で扇いだ、  
Et dont l'unique soin était d'approfondir
彼らのただひとつの務めは、さらに深めることであった、
Le secret douloureux qui me faisait languir.
私を憔悴させる苦い秘密を。

* * *

デュパルクの芸術の壮大な夕暮れ。これはデュパルクの遺した歌曲の中で、最後に書かれた曲だという。1884年、ボードレールの雄大な幻想に渾身で取り組んだデュパルクは36歳で筆を折った。

冒頭の大円柱の回廊を反響するような静かなピアノの伴奏、それが第二節「波はうねりながら」とうたいだすとともに、きらめく波のような分散和音に変わり、やがて太陽の光を飲み込む大波のように駆けめぐるパッセージに高まっていく。そのあとのC'est là, c'est là que j'ai vécu..の叫び(”a pleine voix”)は全曲の白眉!現実の世界で生きる場所を見つけられずにいた人が、それをここで見つけたように。そして終結となる最終行のLe secret douloureux qui me faisait languir「私を苦しませる苦い秘密」で変ホ短調に転調して、後奏で冒頭の付点のリズムが再帰する、一場の夢の終わり。あまりにも沈痛なこのピアノの10小節の後奏が、そのままデュパルク自身の音楽との別れとなった...これだけの曲を書いた作曲家が、あと一曲も残さずに50年を生きた!


アンリ・デュパルク 「フィレンツェのセレナード」

アンリ・デュパルク (1848-1933)
11 /22 2009
Sérénade florentine 「フィレンツェのセレナード」♪

原詩 ジャン・ラオール
作曲 アンリ・デュパルク (1848-1933) 作曲1880年頃

演奏 カミーユ・モラーヌ(Br) / リリ・ビアンヴニュ(pf)

Étoile dont la beauté luit
きらめく美しい星よ、
Comme un diamant dans la nuit,
お前は夜空のダイヤモンドのよう、
Regarde vers ma bien-aimée
私の美しい恋人をみつめておくれ、
Dont la paupière s'est fermée.
まぶたを閉じている彼女を。
Et fais descendre sur ses yeux
そして彼女の瞳の上に与えておくれ、
La bénédiction des cieux.
天の祝福を。
Elle s'endort... Par la fenêtre
あの娘は寝ている...窓を通って
En sa chambre heureuse pénètre;
彼女の幸せな部屋に入っていって、
Sur sa blancheur, comme un baiser,
純白な彼女の上に、接吻のように
Viens jusqu'à l'aube te poser
朝焼けまで、とどまっておくれ。
Et que sa pensée, alors, rêve
そしてあの娘が思い、さらに夢見ますように、
D'un astre d'amour qui se lève!
愛の星が目覚めることを!


* * *
serenade .. 「イタリア語のsere(夕方、暁)に由来する。夜に戸外で歌われ、あるいは奏されるさまざまな種類の音楽に適用されるが、もっとも一般的なものは夜、恋人の窓辺で歌われる愛の歌を指す。その多くは単純で、旋律的で、持ち運び可能な楽器の伴奏をもつ。」(新音楽辞典)

フォーレも同じ時期に「トスカーナのセレナーデ」をはじめ、イタリアの詩による歌曲をいくつか書いている。しかしデュパルクはそうした甘い旋律をふんだんに振りまいた曲を書くには、あまりに生真面目なひとだったのだろう、と思わせる。歌は慎ましやかに狭い声域を行き来して、歌っているようにさえ聴こえない。

しかし夜の闇のなかに輝く、ひそやかな星の光。恋人の瞳に降りてくる、その微かな光を音にしたようなピアノの下降音型。それに乗って歌われる神秘的な夜の歌に耳をすませて聴いていると、静かな感動がこみあげてくる。この静謐さ、潔癖な美しさ。デュパルク歌曲だけの独自な世界!

ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。