ヴォルフ 「夜の魔法」♪

フーゴ・ヴォルフ(1860-1903)
04 /04 2010
Nachtzauber「夜の魔法」♪

原詩 アイヒェンドルフ(1788-1857)
作曲 フーゴ・ヴォルフ(1887年)

Hörst du nicht die Quellen gehen
君には聞こえないか、あの泉が流れ
zwischen Stein und Blumen weit
石と花々の間を、遠く
nach den stillen Waldesseen,
静かな森の湖へと至る(音が)。
wo die Marmorbilder stehen
その湖には大理石の彫像が立っている
in der schönen Einsamkeit?
美しい孤独のうちに。
Von den Bergen sacht hernieder,
山々からは静かに、麓へと
weckend die uralten Lieder,
目覚めていく、太古の歌が、
steigt die wunderbare Nacht,
不思議の夜は降りてゆき
und die Gründe glänzen wieder,
そして大地は再び輝く、
wie du's oft im Traum gedacht.
君がしばしば夢見たように。

Kennst die Blume du, entsprossen
君は知っているか、花が咲くことを
in dem mondbeglänzten Grund
月が照らす大地に、
Aus der Knospe, halb erschlossen,
つぼみは、半ば開いて
junge Glieder blühendsprossen,
若い四肢が芽吹き
weiße Arme, roter Mund,
白い腕と赤い口(を見せているのを)。
und die Nachtigallen schlagen
そして夜鳴き鶯は歌い、
und rings hebt es an zu klagen,
周囲は悲しみにつつまれる
ach, vor Liebe todeswund,
ああ、愛ゆえの瀕死の傷に、
von versunk'nen schönen Tagen -
美しい日々への追想に。
komm, o komm zum stillen Grund!
来たまえ、ああ来たまえ、この静かな大地に、
Komm! Komm!


月光の下で、泉から流れるせせらぎの音に耳を澄ませている男の幻想。
静かなリズミカルな水の音色は、森のなかの湖、太古の歌、月明りに輝く大地、半ば開いたつぼみ、夜鶯の歌とさまざまに変じていく。幻想は月下の花に至って、Aus der Knospe...junge Glieder blühendsprossenというくだり、瑞々しい花のおしべに人の腕と唇を見出す、美しい狂気。

終始親しいひとへの語りかけになっているが、これは目の前にいない人に語っているようだ。歌全体が幻視のなかに歌われ、夜鶯の声(「終始高揚した表現で」と指定がある)が追想のなかに沈んでいって、美しい和音の響きに解決されるときに穏やかな眠りが訪れる。

シャ-プ6つ、音を取りにくい。大指揮者フルトヴェングラーも緊張して弾いているようだ。現代の腕達者なソプラノならどう歌うだろう。

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ヴォルフ 「イタリア歌曲集」2 ♪

フーゴ・ヴォルフ(1860-1903)
03 /23 2010
「イタリア歌曲集」第17曲

「君が恋人の焦がれ死にするさまを見たいなら」♪

Und willst du deinen Liebsten sterben sehen,
そして、君が恋人の焦がれ死にするさまを見たいなら、
So trage nicht dein Haar gelockt, du Holde.
髪をそうして巻いていてはだめだよ、可愛らしいひとよ、
Laß von den Schultern frei sie niederwehen;
肩から下へ自由になびかせてみて。
Wie Fäden sehn sie aus von purem Golde.
糸のようにみえる、純金でできた(糸に)

Wie goldne Fäden, die der Wind bewegt –
金の糸のよう、風がはためかせる糸‐
Schön sind die Haare, schön ist, die sie trägt!
美しい髪、美しいその持ち主!
Goldfäden, Seidenfäden ungezählt –
金の糸、絹の糸、数え切れない糸-
Schön sind die Haare, schön ist, die sie strählt!
美しい髪、美しいその持ち主よ!

* * *

いきなり序奏もなくundではじまる歌詞は、男が恋人に語りかけている情景の途中から曲が始まっていることを思わせる。ピアノは風と太陽の光に、彼女の髪のきらめくさまを描いていて、男の恋心は募るばかり。そしてWie golden...と始める箇所から、ピアノは風にはためき始めた長い髪を生き生きと描く、風に乗って花開いたような旋律は、彼の視界が恋人の髪の輝きに満ちたようだ。

後半四行でテンポを落として「Sehr ruhig とても静かに」と指定がある。夢心地になった恋人の呟きはppで終わる。本当に恋心に息絶えてしまうように。

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ヴォルフ 「イタリア歌曲集」より 1 ♪

フーゴ・ヴォルフ(1860-1903)
03 /22 2010
フーゴ・ヴォルフ「イタリア歌曲集」より

第1曲「小さなものでも」♪ Auch kleine Dinge

Auch kleine Dinge können uns entzücken,
小さなものでも、私たちをうっとりさせることができる。
Auch kleine Dinge können teuer sein.
小さなものでも、大切なものになりうる。
Bedenkt, wie gern wir uns mit Perlen schmücken;
考えてみて、真珠で身を飾ることがどんなに嬉しいか。
Sie werden schwer bezahlt und sind nur klein.
ひとは大金を払うでしょう、ほんの小さな真珠に。

Bedenkt, wie klein ist die Olivenfrucht,
考えてみて、オリーブの実がどんなに小さいか。
Und wird um ihre Güte doch gesucht.
でも善いものだから、引っ張りだこでしょう。
Denkt an die Rose nur, wie klein sie ist
バラのことだけを考えてみて、どんなに小さなものか。
Und duftet doch so lieblich, wie ihr wißt.
でもとても愛らしい香りがする、あなたも知っているとおり。

* * *

ヴォルフの「イタリア歌曲集」は計46曲の大歌曲集。ヴォルフが中断をふくめて1890年から1896年まで約6年を費やした作品、という解説をまず措いて楽譜をみてみると、ほとんどが見開き二ページの可愛らしい小さな歌が並んでいて、「二ページの歌曲集」と呼んでみたくなるほどだ。

この第一曲、口に出して歌いたくなるような繊細で親しみ深いメロディに、珠を転がすようなピアノの伴奏が美しい。歌詞で歌われる真珠の粒、瑞々しいオリーブの緑色の実が、光を放ちながらころころと転げているようだ。解説には「本来は小柄な女性が自分のことを男性にアピールしている詩であろう」とある。なるほど、と思う。ヴォルフの歌曲という「小さな」(オペラに比して!)ジャンルへの愛着も感じられて、素晴らしい小曲。Auch kleine Dinge!

アップショウが歌った録音で聴いている。小粋な歌いぶりがとても好きなのだが、Youtubeには女声のいい録音がない。テノールで。

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フーゴ・ヴォルフの歌曲集

フーゴ・ヴォルフ(1860-1903)
03 /21 2010
フーゴ・ヴォルフの歌曲集を購入した。歌曲のことを書きながら、恥ずかしながら、ヴォルフの作品をきちんと聴いたことがなかった。

CD8枚でたったの1700円(!)。何という安さだろう。
歌詞と英語対訳のCD-ROMまで付いている。

それで一枚目の「イタリア歌曲集」から順番に聴いているのだが、面白い、とても面白い。ほかのリート作曲家が12本の色鉛筆で絵を書いていたところを、ヴォルフは500本、いやいや数千本のグラデーションの色鉛筆で書き上げている感じだ。響きも作りも目も眩むばかりの豊かさ・多彩さに溢れていて、この面白さ、凄さにこれまで気が付かなかったのが恥かしい。

毎度の付け焼刃ばかりで赤面の至りだが、面白いと感じたところを書いてみようと思う。

ヴォルフ「古画によす」

フーゴ・ヴォルフ(1860-1903)
03 /07 2009
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フーゴ・ヴォルフ「古画によす」Auf ein altes Bild
メーリケ歌曲集 第23曲

原詩 エドゥアルト・メーリケ(1804-1875) 
吉田秀和訳

In grüner Landschaft Sommerflor,
緑なす山野の夏の日盛り
Bei kühlem Wasser, Schilf, und Rohr,
蘆や葦 生い茂る涼しい水辺
Schau, wie das Knäblein Sündelos
見給え、罪知らぬ幼児(おさなご)が
Frei spielet auf der Jungfrau Schoss!
思うまま戯れる、処女なる御母の膝許に!
Und dort im Walde wonnesam,
そうして、彼方、喜びみちる森の中
Ach, grünet schon des Kreuzes Stamm!
あゝ、早くも、十字架の木の幹が青々と育っている


ブラームスをめぐる作曲家たちの群像は、そのまま19世紀の音楽史となる。ブラームスの庇護を受けた者、追随者として終始した者、そしてヴォルフのように強く反発したワグネリアンの一派たち。とくにフーゴ・ヴォルフ(1860-1903)のブラームス攻撃は、生理的な反発といえるほどのものだったようだ。

やがてブラームスへの反発をばねに、歌曲の作曲家として大成し、そして発狂したヴォルフ。

吉田先生が「永遠の故郷 夜」で、このヴォルフを繰り返し取り上げられている。改めてスコアを取り出して、この歌曲「古画によす」を聴いた。

聖母子像を題材にした作品で、ブラームスの「聖母の子守唄」と共通する。作曲年代もブラームが1885年、ヴォルフが1888年というからほぼ同時代。しかしこの違いはどうだろう。ヴォルフの寡黙なピアノ伴奏、中世の教会音楽のような書法。これは音楽史に通じた、並外れて知的なひとの筆を思わせる。彼の眼からすれば、ブラームスの「聖母の子守歌」のように、古謡を10小節もそのまま引用するというおおらかな筆は許容できなかったに違いない。

吉田秀和先生の解説(「永遠の故郷 夜」p.93-95)を読みながら、ヴォルフのこの曲を写譜してみた。四角に囲った箇所が、先生が論じられた部分。要所で響く長三和音の暖かい響き(ピカルディ三度)は、曲の終結部分でも繰り返されていて、悲しみの中の一条の光のように、強い印象を残す。この中世さながらの響き。(ピアノの代わりに、オルガンを当ててみた)。

こうしたピアノ伴奏付歌曲を書いたというのは、19世紀にあって非常に新奇な試みだったのではないだろうか。「古楽」という概念すらまだ一般的でなかった時代に。

*譜例はカワイのフリーソフトで表示・演奏させることができます。

ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。

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