寄贈楽譜

レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)
08 /14 2016
レオシュ・ヤナーチェクの楽譜・文献をまとめて音大図書館に寄付しました。
ご興味のある方は、こちらの一般閲覧をご利用ください。


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寄贈リスト       
1.オペラ「シャールカ」ヴォーカルスコア (オペラ第一作)Universal Edition
2.オペラ「カーチャ:カヴァノヴァー」(第六作)Universal Edition
3.ピアノ曲集「草陰の小道」 スプラフォン・ベーレンライター全集版からの分売
4.ピアノ曲集「霧の中で」  ヴァーツラフ・シュチェパーン校訂 
              プラハ芸術音楽協会 1944年刊(1924年版の重版)
5.ピアノ曲「思い出」  スプラフォン・ベーレンライター全集版からの分売
6.カンタータ「アマールス」 スプラフォン・ベーレンライター全集版
7.カンタータ「永遠の福音」 スプラフォン・ベーレンライター全集版
8.オーケストラ曲「ラシュシュコ地方の舞曲集」 スプラフォン・ベーレンライター全集版
9.交響詩「ブラニーク山のバラード」Editio Janáček
10.室内楽「コンチェルティーノ」Editio Janáček
11.女声合唱曲全集 Editio Janáček
12.男声合唱曲集 第一巻  スプラフォン・ベーレンライター全集版
13.オーケストラ曲「2つの舞曲」スプラフォン・ベーレンライター全集版
  1)コサックの踊り 2)セルビアのコロ舞曲
14.交響詩「タラス・ブーリバ」スプラフォン・ベーレンライター全集版
15.女声合唱曲集「フラツチャニの歌」(プラハ古城の歌)全三曲 
  スプラフォン・ベーレンライター全集版
15.女声合唱曲集「フラツチャニの歌」(プラハ古城の歌)全三曲 
  スプラフォン・ベーレンライター全集版
15.カンタータ「ソラーニュ山のチャルターク」
  スプラフォン・ベーレンライター全集版
16.女声合唱曲「カシュパル・ルツキー」 
  スプラフォン・ベーレンライター全集版
17.初期の2つの独唱曲
  1)「ぼくを欲しくないって、それが何だい?」2)「春の歌」
  アレナ・ニェムツォヴァー校訂、Editio Moravia 
18.男声合唱曲「七万の」
19.男声合唱曲集「4つのモラヴィア男声合唱曲」
 1)もし君が分かってるなら 2)蚊たち 3)夕べの人さらい 4)別れ
20.カンタータ「娘オルガの死によせる挽歌」
21.「3つの男声合唱曲」
 1)「脅し」 2)「おお、愛よ」3)「嫉妬する男」
22.混声合唱曲集
 1)「秋の歌」 2)「野鳩」 3)「われらの歌」
23.女声合唱曲「狼の足跡」
24.プラハ留学時代の習作集(手稿ファクシミリ)
25.混声合唱曲「主の祈り」(我らが父よ)
26.伴奏付き合唱曲「主よ憐れみたまえ」
27.合唱曲「祝典合唱曲(師範学校定礎式によせる)」
28.典礼合唱曲「アヴェ・マリア」
29.男声合唱曲「ハルファル先生」(1948年版)
 プラハ芸術音楽協会 1948年刊
「チェコ人」のハルファル先生が「ポーランド語で教える」ことを「ハプスブルク帝国の」
 視学官に要求されて自殺する、という、19世紀末のシレジア地方の三つどもえの民族
 対立を描いた三部作の最初の作品
30.「モラヴィア地方の舞曲集」(1889年)
 ヤナーチェクが故郷モラヴィア地方の舞曲を現地で収集しピアノに編曲した曲集。 
 各舞曲の注釈やステップ、振付けも記す。民俗学者としての側面。いくつかの舞曲は
 現在まで伝承され、映像で見ることが出来る。
  例 VI.Starodavny「昔の踊り」
   https://www.youtube.com/watch?v=7LaQ1NZvcyc
  XII. Čeladenskŷ「チェラデンスキー」
  
31.典礼曲「Constitues」
32.「ヤナーチェク作品のピアノ四手編曲集」
33. ピアノ曲「霧の中で」手稿譜ファクシミリ
34.「レオシュ・ヤナーチェク年譜」拙訳
35.「チェコのピアノ作品集」ルドルフ・フィルクシュニー編(ヤナーチェクの弟子) 
36.「ベドジフ・スメタナ スケッチ集」
  手稿譜ファクシミリ(コロタイプ?)1942年
37.「ヤン・マサリクの愛聴した民謡集」1968年
 1968年の「プラハの春」に出版された楽譜。政治家ヤン・マサリク(1886-1948)の愛唱し た民謡集。戦後、共産党政権が国を掌握する過程で謎の死を遂げるが、当時から共産党による謀殺が有力視されていた。編者は最終曲でそれを暗示し抗議している。敬愛された政治家の謀殺を、こういう形でしか語れなかった時代。20世紀のコミュニズムの恐怖を語る楽譜。
最終曲の歌詞:
Umrem, Umrem, ale neviem kody
私は死ぬ、だけどいつかは分からない。
A keď umrem, kedy, A keď umrem, ležať budem,
そして死んで横たわったとき、
hop, cup, tralala, tak to si ja spievať budem, hop, hop, tralala!
それでも私は歌っていよう、トララララ!
A keď umrem, potom ležať budem
そして死んで横たわっても
a tu ja si ešte spievať budem
私はそれでも歌っているだろう。
Hej, keď umrem, ležať budem, hop, hop, tralalala!
死んでそこに横たわっても、
takto si ja spievať budem, hop, hop, tralala!
こうして私は歌うだろう、トララララ!
 
38.ドヴォジャーク「新世界より」ピアノ独奏版
39. オタカル・オストルチル(1879-1935)「ヤン・ネルダの詩による男声合唱曲」
  ヤナーチェクの後期オペラのプラハ初演を手掛けた、国民劇場のオペラ部門の
  総責任者・指揮者(1919-35)。プラハ芸術音楽協会 1923年刊
40.オズワルト・フルブナ(1893-1971)「ピアノのためのソナチナ」
  ヤナーチェクの弟子で、遺作のオペラ「死者の家から」を補筆。
41.ヤロスラフ・クヴァピル(1892– 1958)「4つの男声合唱曲」
  ヤナーチェクの同郷の弟子
42ヤロスラフ・クヴァピル「ピアノ作品集」
43.ミロスラフ・クレイチー「3つの古いチェコの愛の歌」
44.ヤン・クンツ(1883-1976)「スロヴァーツコ地方の民謡」
  ヤナーチェクとヴィーチェスラフ・ノヴァークの弟子で、初代のブルノ音楽院院長。
45.レル・コンヴァリンカ(1885-1970)「ホラーツコ地方の歌」。
 1940年にこれだけ立派な楽譜を製作していたことを示す。
46.ヴィート・クメント(1894-1954)合唱曲「スレスコ(シレジア)地方より」
 ヤナーチェクの弟子。
47.ヤナーチェク「弦楽四重奏曲第二番 内緒の手紙」
48.Moravia Magna「大モラヴィア帝国」
ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」の精神的背景となった、ビザンチン帝国の宣教師によるスラブ民族への文字の招来と、東方キリスト教の伝道。それを行った「大モラヴィア帝国」(九世紀)の発掘調査報告。
49.Kulturních památek 「チェコ文化辞典」
50.51 Leoš Janáček- Hudebně Teoretickě Dílo 1.2
「ヤナーチェク-音楽理論の業績」ヤナーチェクが生前発表した音楽理論の集成。
52. Leoš Janáček- A Soudobá Hudba 「ヤナーチェクの同時代の音楽」
作曲者の死後30年の記念学会(於ブルノ、10/19-25の論文集。当時の一流の学者たちが寄稿している。
53 Musikologie - Janáček sboník 「雑誌音楽研究-ヤナーチェク特集号」1955年。
ヤナーチェク研究号、ルドヴィーク・クンデラ(ヤナーチェクの弟子で、作家クンデラの父)らが寄稿している。生前の回想が興味深い。
54. Leoš Janáček- Literární dílo 「レオシュ・ヤナーチェク著作集 文芸編」
ヤナーチェクが生前に発表した評論や随筆の集成。
55. Leoš Janáček- Teoretickě Dílo 「レオシュ・ヤナーチェク著作集 楽理編」
ヤナーチェクが生前に発表した音楽理論の集成。
56. Leoš Janáček- Folkloristické Dílo 「レオシュ・ヤナーチェク著作集 民謡編」
ヤナーチェクが生前に発表した民謡研究の集成。
57.Úplná Nauka o Harmonii「和声学全書」
ヤナーチェクの和声学テキスト、生前の初版本。
58. Janáček and Czech Music
1988年に行われた学会の論文集
59. Janáček Studies
現代のチェコ内外の学者たちによる論文集。ミロシュ・シュチェドロニュのスピーチ・メロディとオペラの関連を論じた論文が興味深い。
60. Leoš Janáček- A Hudba 20 Století「20世紀の古典 ヤナーチェク」
著者ミロシュ・シュチェドロニュが20世紀の作曲家としてヤナーチェクを論じ、印象主義・表現主義アヴァンギャルドの作曲家との相互影響と交流を辿る。
61. Janáček a Hukvaldy
ヤナーチェクの生まれ故郷、モラヴィア地方フクヴァルディ村の写真集(日本の丹沢のような山村。古城跡のふもとにある)
62. Janáček a Hukvaldy
ヨゼフ・カフカの紹介者として知られるマックス・ブロートは、ヤナーチェクの音楽の信奉者でオペラ台本のドイツ語訳も手掛けた。そのブロートにより1924年に出版された初の伝記。生前の初版本(ドイツ語からのチェコ語訳)。
64.日本ヤナーチェクの友の会会報第3-14号(欠号あり)
65.「利口な女狐の物語」日生劇場、2006年公演のパンフレット
66. Nové národní písně moravské 「新モラヴィア民謡集」
ヤナーチェクの協力者フランチシェク・バルトシュによる民謡収集。1882年出版の復刻。
  http://tyfoza.no-ip.com/pisne/ (全譜例MD化)
67.ハイドン交響曲第四十八番「マリア・テレジア」筆写譜ファクシミリ。スロヴァキアで発見され、生誕二百五十年の記念に出版されたもの。
68.ヤナーチェクの各オペラ解説
69.「プラハ国民劇場の歴史と建築の細部」
70.「オペラアルバム」オペラアリア名曲集 Otto Froelich なる作曲家は不明。
71. ヤン・クンツ 歌曲集「幸福の夢」sny o štěsti
  原詩作者ヤロスラフ・ヴルフリツキーはドヴォルジャークやヤナーチェクの原作者として著名。ヤン・クンツはヤナーチェクの弟子。後の世代の作例として興味深い。
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レオシュ・ヤナーチェク 楽譜の風景3

レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)
05 /27 2016
レオシュ・ヤナーチェクは不思議な作曲家で、若いころの作品ほど古臭く陰気で、年を取るごとに斬新で生気がみなぎってくる。その活力源は30代に始めたモラヴィア民謡のフィールドワークで、その没頭ぶりは楽譜にもよく表れている。この「モラヴィア民俗舞曲集」(1889年)のStarodavny「昔の踊り」という曲、民俗楽器ツィンバロムとピアノの両方のバージョンを載せ、欄外には舞曲のステップや振付けまで記す(!)まで徹底しています。この曲、Youtubeに復元映像がありました。19世紀にはすでに廃れていた、珍しい踊り。幸いにも今日まで伝承されたんですね。

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ヤナーチェクの最初の著作はこの「モラヴィア民謡の花束」(1890年)で174曲の民謡を載せています。現物を手に取ってみると、文庫版ほどの大きさに補強付きの装丁がされていますが、これは当時の師範学校(合唱とヴァイオリンが必修)や合唱団で、いつでも手に取って歌えるようにという配慮だったようです。印刷されたのはチェコのテルチと記されていますが、ようよう楽譜の体を成しているという感じで、長くても10小節ほどの曲なのに、フラット記号がずれていたり、誤植があったりと、当時のチェコの楽譜印刷の水準が分かります。国民楽派というのは作曲だけではなく、こうした自国語の楽譜の印刷なども含めた運動であったわけですね。
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レオシュ・ヤナーチェク 楽譜の風景2

レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)
05 /27 2016

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レオシュ・ヤナーチェク 楽譜の風景

レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)
05 /27 2016
手元の楽譜を音大の図書館に寄贈することになり整理中。「レオシュ・ヤナーチェク声楽曲対訳全集」を製作するときに収集したものです。当時はチェコの古書店で古い楽譜を買い集めるところから始まりましたが、今はネットで絶版楽譜が容易に手に入る時代。でも、多くの人の手と時代を経てきた楽譜は何か愛しい。デザインや装丁も時代色がありまして。
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レオシュ・ヤナーチェク 民謡集『モラヴィア民謡の花束』より

レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)
10 /11 2015
民謡集『モラヴィア民謡の花束』より
Kytice z národních písní moravských

レオシュ・ヤナーチェクが1890年に協力者と出版した、チェコ・モラヴィア地方の民謡集からの一曲です。後にヤナーチェク自身の手でピアノ伴奏歌曲に編曲されました。こうして聞くと、日本の民謡と非常に近いものを感じます。民謡がヤナーチェクの作品の大きな源泉であることを実感します。



Pérečko 「花束」
Stojí šohaj pod naším okénkem,
うちの窓辺に若者が立って
ťuká na mňa svým złatým prsténkem:
金の指輪で窓を叩く。
puste ňa ven, má mamičko dobrá,
外へ行かせて,ねえ母さん
půjdu k němu na dvě, na tři słova.
あの人にちょっと話があるから。

Má mamičko, prosím vás pro Boha,
母さん,一生のお願い
už sem mu aj pérečko uviła;
あの人にもう花を編んであげたの,
jak mu svědčí za jeho kłobúčkem,
それはあの人の帽子によく似合う
jak mé líčko s jeho pravým líčkem.    
二人の頬っぺがよく似合うように。

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ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。

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