ブラームス 「アルト・ラプソディ」♪

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
01 /31 2010
このBlogももうすぐ一年。最初に取り上げたのはブラームスだったので、久々に。

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「アルト・ラプソディ」♪ Alto Rapsody 作品53

原詩 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(「冬のハルツ紀行」の一節から)
作曲 ヨハネス・ブラームス

Aber abseits wer ist's?
しかし、ひとり離れていくのは誰か?
Im Gebüsch verliert sich der Pfad.
茂みの中に、小道は見えなくなる。
Hinter ihm schlagen
彼の後ろで、木ずれの音がする、
Die Sträuche zusammen,
潅木の枝と枝とが(立てる音)。
Das Gras steht wieder auf,
(踏みしだかれた)草は立ちなおり、
Die Öde verschlingt ihn.
荒野が彼を呑み込んでしまう。

Ach, wer heilet die Schmerzen
ああ、誰がその苦痛を癒すだろう?
Des, dem Balsam zu Gift ward?
癒しの香油を毒薬に化してしまった者の(苦痛を)。
Der sich Menschenhaß
人としての憎しみを、
Aus der Fülle der Liebe trank?
溢れる愛から飲んでしまった者の(苦痛を)。
Erst verachtet, nun ein Verächter,
まず人が蔑み、今は人を蔑む者となり、
Zehrt er heimlich auf
彼はひそかに消耗する、
Seinen eigenen Wert
自分自身の価値を
In ungenugender Selbstsucht.
満たされることのないエゴイズムに。

Ist auf deinem Psalter,
あなたの竪琴が、
Vater der Liebe, ein Ton
愛の父なる神よ、ひとつの音が
Seinem Ohre vernehmlich,
彼の耳に聴こえるのならば、
So erquicke sein Herz!
彼の心を元気付けて下さい!
Öffne den umwölkten Blick
彼の曇った眼差しを開いてください、
Über die tausend Quellen
数限りない泉があることに、
Neben dem Durstenden
渇している者のすぐ隣に、
In der Wüste!
不毛の地でも!


アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮 エドゥアルド・ファン・ベイヌム
独唱 アーフェ・ヘイニス
(1955年 録音)

ブラームス「まどろみはますます浅く」作品105-2

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
03 /01 2009
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ヨハネス・ブラームス
「まどろみはますます浅く」作品105-2
原詩 ヘルマン・フォン・リング (1820-1905)
(拙訳)

Immer leiser wird mein Schlummer,
わたしのまどろみはますます浅くなり、
Nur wie Schleier liegt mein Kummer
ただ、ヴェールのように憂いが
Zitternd über mir.
震えながら覆いかぶさっている。
Oft im Traume hör ich dich
しばしばわたしは夢のなかて、あなたの声を聞く、
Rufen drauß vor meiner Tür,
わが家の戸の外で、呼んでいるのを。
Niemand wacht und öffnet dir,
誰も起きて、戸を開ける者はいない、
Ich erwach und weine bitterlich.
わたしは目を覚まして、泣きくずれる。

Ja, ich werde sterben müssen,
そう、わたしは死ななければならないだろう。
Eine Andre wirst du küssen,
ほかの女にあなたはキスするだろう、
Wenn ich bleich und kalt.
わたしが蒼く冷たくなったときに。
Eh die Maienlüfte wehen,
五月のそよ風が吹き、
Eh die Drossel singt im Wald:
つぐみが森で歌うまえに
Willst du mich noch einmal sehen,
ただ一度でもわたしに逢いたいなら、
Komm, o komme bald!
来て、ああすぐに来て!

恋を失い、悲しみのなかで死を覚悟した女の独白。一場の心理劇というべき劇的な内容だけれども、楽譜の冒頭にはLangsam und leise 「ゆっくりと、ひそやかに」と指定されている。そして手元の楽譜は、声部に強弱記号も表情指定も何も書いていない。音だけを読みなさい、といわんばかりに。

冒頭の閉じられた心を描く下降音型、ブラームスが多用した後打ちのバス。この音型はすこしずつ変わりながら、詩の前半四行で繰り返される。その付点のリズムは女の慟哭を思わせる。

しかしこの曲の圧巻は、詩の後半二行に付けられた音楽。極度に張りつめた心を描く声部は、呟きのような音がとぎれとぎれに置かれているだけ。だが、このピアノ伴奏に注目しよう。右手は三度の和音を不思議な進行とともに少しずつリズムを変えながら叩き、左手は三回、心の奥底から込み上げてくるような上昇音型を奏でる。押し殺そうとしている彼女の悲しみがここで衝き上げてくるような、切迫した心のドラマ。

よい音源がYoutubeにない。アルトの重要なレパートリーだから録音には事欠かないはずなのだが、歌手の表現力があらわにされる怖い曲かもしれない。私はマルヤーナ・リボヴシェクの歌ったCDで聴いている。

*譜例はカワイのフリーソフトで表示・演奏させることができます。

ブラームス「旋律のように」作品105-1

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
03 /01 2009
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ブラームス
「旋律のように」Wie Melodien zieht es mir 作品105-1
原詩 クラウス・グロス Klaus Groth (1819-1899)
(拙訳)

Wie Melodien zieht es
旋律のようにそれは惹きつける、
Mir leise durch den Sinn,
ぼくの心を静かに通っていって。
Wie Frühlingsblumen blüht es,
春の花のようにそれは花開き、
Und schwebt wie Duft dahin.
漂ってゆく、香水のように。

Doch kommt das Wort und faßt es
だが、それを捕らえてことばにして、
Und führt es vor das Aug',
目の前にしてみると、
Wie Nebelgrau erblaßt es
灰色の霧のようにそれは色褪せて、
Und schwindet wie ein Hauch.
消えてしまう、吐息のように。

Und dennoch ruht im Reime
それでも、ことばの韻律のなかに
Verborgen wohl ein Duft,
香りはほら、隠れている、
Den mild aus stillem Keime
静かにたたずむ蕾みから、
Ein feuchtes Auge ruft.
涙にぬれた瞳はそれを呼び覚ます。


日本語でも「胸のなかで暖める」という表現があるけれども、Es (it)としか語られないこの詩の主語は何だろう。Wort「ことば」では書けなくて、Reim(Rhyme) のなかにひそみ、音楽の旋律のように心を惹きつけるもの。幸せな思い出?それとも恋の記憶?

第三節の最後の二行が、それを印象的に描いている。Reime-Keimeで韻を踏んでいるから、詩の「韻律」と花の「つぼみ」とが二重写しになる。太陽の光と水をうけた蕾がやがて花開くように、詩も涙にぬれた瞳で見つめたとき、そこに隠れたことばの美しさと込められた思いが、花の香りのように立ち昇ってくる、と。

「聖母の子守唄」と同じ人が歌った映像があるが、歌いまわしがちょっと硬い。楽譜の冒頭にはZart「柔らかく」と指定があるのに。旋律の美しさは、むしろこちらのチェロ版の方が味わえるかもしれない・・と書いたものの、楽譜を見ながら口ずさんでみたら、これが意外と歌いにくい。三節まである原詩の最初の二行は同じ旋律が当てられているのだが、各三行目の旋律がすこしずつ変容して繰り返され、それぞれがとても美しいので、ひきずられそうになった。

けれども、ちょっと揺らいだ旋律が、詩の最終行のEin feuchtes Auge ruft「涙にぬれた瞳が呼び覚ます」という箇所で解決されるところが、本当に美しい。

追記:楽曲解説に「同時期に書かれたヴァイオリンソナタ第二番、第一楽章の第二主題にそっくり」とある。例えば、この1分25秒あたりでピアノが奏する旋律。あれ、本当に同じだ。

*譜例はカワイのフリーソフトで表示・演奏させることができます。

ブラームス「ひばりの歌」作品70-2

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
02 /28 2009
ヨハネス・ブラームス
「ひばりの歌」Lerchengesang 作品70-2
原詩 カール・アウグスト・カンディドゥス Karl August Candidus (1817-1872)
(拙訳)

Ätherische ferne Stimmen,
天空の彼方からの声、
Der Lerchen himmlische Grüße,
ひばりの天からの挨拶、
Wie regt ihr mir so süße
なんと甘く、お前たちの声はゆり動かすことか、
Die Brust, ihr lieblichen Stimmen!
この私の胸を、愛らしい声よ!

Ich schließe leis mein Auge,
私はそっと眼を閉じる
Da ziehn Erinnerungen
すると思い出が浮かんでくる、
In sanften Dämmerungen
穏やかな、たそがれのなかで、
Durchweht vom Frühlingshauche.
春の息吹と一体となって。

ブラームスの歌曲のなかではあまり目立たない小曲なのだが、楽譜を読んでいるうちに興が乗って、丸一ページを書き写してしまった。趣向を凝らした書法がとても面白いので。

ひばりの声を描いたピアノ。冒頭のピアノ序奏の微妙に移り動く高音が、春の空から時には高く、時には低く降ってくるひばりの声を思わせる。その春の野に人の声が聞こえてくると、ひばりの声はぴたりと止んでしまう(第5、8小節)。それが二回繰り返されるが、やがてピアノの音(ひばりの声)はすこしずつ降りてきて、両者の声はハーモニーをつくるようになる(第11小節以降)。独唱は連符、ピアノは8分音符だから、音はすこしずつずれているのだけれど、それも地上と空の呼び交わしを思わせる。自然のなかに受け入れられたひとと、そのひとのそばで歌うひばりの二重唱のようだ。この親密な春の自然の描写。

*譜例はカワイのフリーソフトで表示・演奏させることができます。

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ブラームス「聖母の子守唄」作品91-2

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
02 /28 2009
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クララ・シューマンと子供たち

ヨハネス・ブラームス
「聖母の子守唄」Geistliches Wiegenslied 作品91-2
吉田秀和訳

Die ihr schwebet um diese Palmen
あなた方、この棕櫚の樹をめぐって
In Nacht und Wind,
夜どおし 風のなかを 飛びかう
Ihr heil’gen Engel, stillet die Wipfel!
聖なる天の御使いたち 梢の騒ぎ(さやぎ)を鎮めて頂戴
Es schlummert mein Kind, - es schlummert mein Kind.
坊やが眠っているのよ 坊やが眠っているの

Ihr Palmen von Bethlehem im Windesbrausen,
あなた方 吹き荒ぶ嵐の中のベツレヘムの棕櫚
Wie mögt ihr heute so zornig sausen!
何でまた今日はそんなに怒り猛るの
O rauscht nicht also,
どうか そんなに騒がないで
Schweiget, neiget euch leis und lind,
黙って そっと やさしく頭を垂れて頂戴
Stillet die Wipfel! stillet die Wipfel!
梢たち 静かにして 静かにして 梢たち
Es schlummert mein Kind, - es schlummert mein Kind.
坊やが眠っているのよ 坊やが眠っているの

Der Himmelsknabe duldet Beschwerde;
天の御子は苦難に耐え
ach, wie so müd’ er ward vom Leid der Erde,
世の苦しみにどんなに疲れたことでしょう
Ach, wie so müd’, wie so müd’ er ward vom Leid der Erde,
世の苦しみにどんなに疲れたことでしょう

Ach, nun im Schlaf ihm, ihm, leise gesänftigt,
あゝ、今こそ眠りの中でそっと宥められ
die Qual zerrinnt,
苦悩は消えてゆく
stillet die Wipfel, stiller die Wipfel,
梢たち 静かにして 静かにして 梢たち
Es schlummert mein Kind, - es schlummert mein Kind.
坊やが眠っているのよ 坊やが眠っているの

Grimmige Kälte sauset hernieder,
怒り哮る冷たい風が音立てて吹きおりてくる
womit nur deck ich des Kindleins Glieder!
どうやったら坊やの手足を覆ってやれるの?
O all ihr Engel, die ihr geflügelt wandelt im Wind,
風のなか あちらこちら 小迷い歩く 天の御使い 翼ある天使たち
Stillet die Wipfel, stillet die Wipfel,
梢たち 静かにして 静かにして 梢たち
Es schlummert mein Kind, - es schlummert mein Kind.
坊やが眠っているのよ 坊やが眠っているの

独身を通したブラームス。若い日にシューマン夫妻という天才たちの光を一身に浴びてしまったこと、そしてクララ・シューマンとの危機的な関係が、彼の生涯を決定してしまった。

数多い子供たちを、女手ひとりで育て上げたクララ。その光景を親しく見ていたことが、有名な子守唄のメロディを生むことになったのだろうか。この曲も、おさな子イエスを守る聖母マリアの語りという、母性そのものの音楽。冒頭のヴィオラの旋律は、中世の古謡の引用。ゆりかごに揺られているような、本当に暖かい響き。Es schlummert mein Kind, - es schlummert mein Kind.「坊やが眠っているのよ 坊やが眠っているの」のリフレインで、聴衆はわが子のことや、優しかった母親の思い出を、涙とともに思い起こすのではないだろうか。

吉田先生の解説(抜粋)と譜例を挙げます。
出典;「永遠の故郷 薄明」集英社p.21-32。

*譜例はカワイのフリーソフトで表示・演奏させることができます。

ISATT

愛好する歌曲・カンタータの試訳集です。