クラシック歌曲の森へ
ドビュッシー 歌曲「海は大聖堂よりも美しい」
- 2012-05-17 (Thu)
- クロード・ドビュッシー(1862-1918)
「海は大聖堂よりも美しい」 La mer est plus belle que les cathédrales;
原詩 ポール・ヴェルレーヌ
作曲 クロード・ドビュッシー
La mer est plus belle
海はさらに美しい
Que les cathédrales;
どんな大聖堂よりも。
Nourrice fidèle,
忠実な乳母の
Berceuse de râles;
途切れとぎれの子守唄。
La mer sur qui prie
その海の上で祈る
La Vierge Marie!
聖母マリア!
*la mer 「海」と la mère「母」(同音)のイメージの重なり。
Elle a tous les dons,
海にはあらゆる性格がある。
Terribles et doux.
残忍で、優しい。
J'entends ses pardons,
私は聞く、海の赦しを、
Gronder ses courroux;
怒りの咆哮を。
Cette immensité
その大海原には
N'a rien d'entêté.
何の頑なさもない。
Oh! Si patiente,
おお、海はかくも辛抱強い、
Même quand méchante!
邪悪な時でさえも!
Un souffle ami hante
親しい微風が波につきまとう、
La vague, et nous chante:
そして波は、私たちに歌う、
"Vous, sans espérance,
「お前たち、希望をもたない者よ
Mourez sans souffrance!"
死ぬがよい、苦しむことなく!」
Et puis, sous les cieux
それから、空の下で、
Qui s'y rient plus clairs,
自分はさらに明るいと、あざ笑う空の下で、
Elle a des airs bleus,
海はさまざまな表情をみせる、青色、
Roses, gris et verts...
薔薇色、灰色、緑色...
Plus belle que tous,
だれよりも美しく、
Meilleure que nous!
私たちより立派に!
* *
ドビュッシーの歌曲集、「3つの歌曲」の第一曲。第三曲「幾列もの生垣は」の謎めいた表現のいくつかは、この第一曲の歌詞を踏まえている。さまざまな音と光を放つ大海原、波と渦から聞こえてくるフルートや鐘のような音色。この詩では、子守唄や聖母マリアの祈りに重ねられている。
この曲では、ドビュッシーが書いた最も壮大なピアノ伴奏を聴くことができる。駆け巡るアルページュの波。刻々と色彩を変える海のように、転調を重ねる旋律。第二節の海の咆哮を描くピアノの重低音。海を描くドビュッシーはいつも熱中していて、「沈める寺」の高揚を連想する。
これらヴェルレーヌの原詩は、時に無造作に韻語を並べている(例えばPlus belle que tous,/ Meilleure que nous!「だれよりも美しく、私たちより立派に」など)ようでいて、はっとするほど素晴らしいイメージの数々がある。海原と大聖堂の対比は、詩で描かれた最も印象的な海の描写のひとつではなかろうか。
Claire dans le brouillard clair, / Qui sent bon les jeunes baies.
淡い霧につつまれた澄んだ海は、青い野薔薇の実のよい香りがする。
La mer est plus belle / Que les cathédrales;
海はどんな大聖堂よりも美しい、
---
以上、二年前の記事の再録です。当時はYoutubeに音源がなかったのですが、今は男声のよい録音で聴けるのでこれもアップしておきます。この曲はやはりバリトンで聴きたい!
原詩 ポール・ヴェルレーヌ
作曲 クロード・ドビュッシー
La mer est plus belle
海はさらに美しい
Que les cathédrales;
どんな大聖堂よりも。
Nourrice fidèle,
忠実な乳母の
Berceuse de râles;
途切れとぎれの子守唄。
La mer sur qui prie
その海の上で祈る
La Vierge Marie!
聖母マリア!
*la mer 「海」と la mère「母」(同音)のイメージの重なり。
Elle a tous les dons,
海にはあらゆる性格がある。
Terribles et doux.
残忍で、優しい。
J'entends ses pardons,
私は聞く、海の赦しを、
Gronder ses courroux;
怒りの咆哮を。
Cette immensité
その大海原には
N'a rien d'entêté.
何の頑なさもない。
Oh! Si patiente,
おお、海はかくも辛抱強い、
Même quand méchante!
邪悪な時でさえも!
Un souffle ami hante
親しい微風が波につきまとう、
La vague, et nous chante:
そして波は、私たちに歌う、
"Vous, sans espérance,
「お前たち、希望をもたない者よ
Mourez sans souffrance!"
死ぬがよい、苦しむことなく!」
Et puis, sous les cieux
それから、空の下で、
Qui s'y rient plus clairs,
自分はさらに明るいと、あざ笑う空の下で、
Elle a des airs bleus,
海はさまざまな表情をみせる、青色、
Roses, gris et verts...
薔薇色、灰色、緑色...
Plus belle que tous,
だれよりも美しく、
Meilleure que nous!
私たちより立派に!
* *
ドビュッシーの歌曲集、「3つの歌曲」の第一曲。第三曲「幾列もの生垣は」の謎めいた表現のいくつかは、この第一曲の歌詞を踏まえている。さまざまな音と光を放つ大海原、波と渦から聞こえてくるフルートや鐘のような音色。この詩では、子守唄や聖母マリアの祈りに重ねられている。
この曲では、ドビュッシーが書いた最も壮大なピアノ伴奏を聴くことができる。駆け巡るアルページュの波。刻々と色彩を変える海のように、転調を重ねる旋律。第二節の海の咆哮を描くピアノの重低音。海を描くドビュッシーはいつも熱中していて、「沈める寺」の高揚を連想する。
これらヴェルレーヌの原詩は、時に無造作に韻語を並べている(例えばPlus belle que tous,/ Meilleure que nous!「だれよりも美しく、私たちより立派に」など)ようでいて、はっとするほど素晴らしいイメージの数々がある。海原と大聖堂の対比は、詩で描かれた最も印象的な海の描写のひとつではなかろうか。
Claire dans le brouillard clair, / Qui sent bon les jeunes baies.
淡い霧につつまれた澄んだ海は、青い野薔薇の実のよい香りがする。
La mer est plus belle / Que les cathédrales;
海はどんな大聖堂よりも美しい、
---
以上、二年前の記事の再録です。当時はYoutubeに音源がなかったのですが、今は男声のよい録音で聴けるのでこれもアップしておきます。この曲はやはりバリトンで聴きたい!
ヴァンサン・ダンディ 歌曲「海の歌」
- 2012-05-16 (Wed)
- その他の作曲家たち
「海の歌」Lied Maritime
原詩・作曲 ヴァンサン・ダンディ(1851-1931)
Au loin, dans la mer, s'éteint le soleil,
遠く、海の中に、太陽は没し、
et la mer est calme et sans ride;
海は穏やかでさざ波もなく、
le flot diapré s'étale sans bruit,
様々な色の波は音もなく引き、
caressant la grève assombrie;
暗くなった砂浜を愛撫する。
Tes yeux, tes traîtres yeux sont clos,
お前の目、お前の裏切りの目は閉じ、
et mon coeur est tranquille comme la mer.
私の心は平静だ、海のように。
Au loin, sur la mer, l'orage est levé,
遠く、海の上に、雷雨が生じて
et la mer s'émeut et bouillonne;
海は荒れ、沸き返り、
le flot jusqu'aux cieux s'érige superbe,
波は天高くまで突き上がり、
et croule en hurlant vers les abîmes.
そして崩れる、叫びながら深淵へと。
Tes yeux, tes traîtres yeux si doux,
お前の目、裏切りの目はひどく甘美で、
me regardent jusqu'au fond de l'âme,
私の魂の深みまで見つめている。
et mon coeur torturé, mon coeur bienheureux
苦しむわが心、至福のわが心は
s'exalte et se brise comme la mer!
高く昇り、そして打ち砕かれる、海のように!
作曲1896年
-------------------------------------------
フランス歌曲の描く海の情景を辿ってみようと、まずヴァンサン・ダンディの歌曲を取り上げてみた。ドビュッシー、フォーレも素晴らしい海の歌曲を残しているが、ヴァンサン・ダンディのこの知られざる曲も忘れがたい。最初の単調なピアノ伴奏が、曲想とともにわれを忘れたように高潮していく箇所、謹直なるワグネリアンにして高名な音楽教育家のダンディの、心に秘めた激情を垣間見る思いだ。
ダンディはオーケストラ作品がよく知られているが、室内楽もなかなか。フランスの作曲家ならではの面白い編成の曲がありますね。
「クラリネット、チェロとピアノのための三重奏曲 op.29」より
「管楽七重奏曲」より
原詩・作曲 ヴァンサン・ダンディ(1851-1931)
Au loin, dans la mer, s'éteint le soleil,
遠く、海の中に、太陽は没し、
et la mer est calme et sans ride;
海は穏やかでさざ波もなく、
le flot diapré s'étale sans bruit,
様々な色の波は音もなく引き、
caressant la grève assombrie;
暗くなった砂浜を愛撫する。
Tes yeux, tes traîtres yeux sont clos,
お前の目、お前の裏切りの目は閉じ、
et mon coeur est tranquille comme la mer.
私の心は平静だ、海のように。
Au loin, sur la mer, l'orage est levé,
遠く、海の上に、雷雨が生じて
et la mer s'émeut et bouillonne;
海は荒れ、沸き返り、
le flot jusqu'aux cieux s'érige superbe,
波は天高くまで突き上がり、
et croule en hurlant vers les abîmes.
そして崩れる、叫びながら深淵へと。
Tes yeux, tes traîtres yeux si doux,
お前の目、裏切りの目はひどく甘美で、
me regardent jusqu'au fond de l'âme,
私の魂の深みまで見つめている。
et mon coeur torturé, mon coeur bienheureux
苦しむわが心、至福のわが心は
s'exalte et se brise comme la mer!
高く昇り、そして打ち砕かれる、海のように!
作曲1896年
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フランス歌曲の描く海の情景を辿ってみようと、まずヴァンサン・ダンディの歌曲を取り上げてみた。ドビュッシー、フォーレも素晴らしい海の歌曲を残しているが、ヴァンサン・ダンディのこの知られざる曲も忘れがたい。最初の単調なピアノ伴奏が、曲想とともにわれを忘れたように高潮していく箇所、謹直なるワグネリアンにして高名な音楽教育家のダンディの、心に秘めた激情を垣間見る思いだ。
ダンディはオーケストラ作品がよく知られているが、室内楽もなかなか。フランスの作曲家ならではの面白い編成の曲がありますね。
「クラリネット、チェロとピアノのための三重奏曲 op.29」より
「管楽七重奏曲」より
グリーク「ソールヴェイの子守唄」
- 2012-05-07 (Mon)
- エドヴァルド・グリーク (1843-1907)
今年のGWは、山で多くの方が亡くなった。いずれも昨年歩いたコースで、遭難の状況が目の前に浮かぶような思いだった。一瞬の暗転に命を落とした方々に、天国での平安を祈りたい。
最後に、白馬で遭難されたパーティは、一通りの装備を持参していたことを、彼らの名誉のために追記しておきたい。
* * *
北アルプス:冬山用ズボンなど遺留品回収 6人遭難死
毎日新聞 2012年05月07日 21時38分
長野県白馬村の北アルプス・白馬岳(2932メートル)で北九州市の男性6人が遺体で発見された遭難事故で、同村山岳遭難防止対策協会(遭対協)の隊員2人が7日、遺体発見現場に入り、5人分のザックなどの遺留品を回収した。1人のザックについては遺体と共に既に回収している。
遺留品は長野県警大町署員が確認した後、遭対協の降籏義道隊長が取材に応じた。五つのザックにはそれぞれ、春・夏山用の羽毛ジャケット、防風機能のある冬山用ズボン、保温機能のある登山用下着、予備の手袋、500ミリリットル入りの水3本などが入っており、約15キロの重さだった。簡易コンロも二つあったという。6人で使用したとみられ、発見時に遺体に巻き付いていたツェルト(簡易テント)1点も回収した。
6人は発見時、防水透湿性素材の雨がっぱに綿のズボン、ウールのシャツなどの薄着だった。降籏隊長は「冬山用のズボンを持っていたが、全身の装備は冬山に耐えられない。加えて、低体温症で判断が鈍り、吹雪になって着替えられなかったのではないか」と推測した。【巽賢司、福富智】
-----
劇音楽「ペール・ギュント」から「ソールヴェイの子守歌」
(08:10より)
Sov, du dyreste Gutten min!
お眠りなさい、いとしい坊や
Jeg skal vugge dig, jeg skal våge.
お前を揺りかごをいれて、ゆすってあげよう。
Gutten har siddet på sin Moders Fang.
坊やはお母さんの膝にずっと座ってた、
De to har leget hele Livsdagen lang.
ふたりはずうっと遊んでた。
Gutten har hvilet ved sin Moders Bryst
坊やはお母さんの胸で休んでた、
hele Livsdagen lang. Grud signe dig, min Lyst!
ずうっと長い間。神様がお守り下さいますように、愛しい坊や!
Gutten har ligget til mit Hjerte tæt
坊やは私の胸に、疲れて横たわってる
hele Livsdagen lang. Nu er han så træt.
ずうっと長い間。この子はとても疲れてる。
Sov, du dyreste Gutten min!
お眠りなさい、いとしい坊や
Jeg skal vugge dig, jeg skal våge.
お前を揺りかごをいれて、ゆすってあげよう。
Sov, du dyreste Gutten min!
お眠りなさい、いとしい坊や(繰り返し)
* * *
世界を放浪した果てに、瀕死の身となって故郷に戻るペール・ギュント。帰りを待ち続けていたソールヴェイが、ギュントを胸に抱いて歌う子守唄。それを聴きながら彼は息絶える。
Sov (søvn=sleepの命令形)、min=my, gutt男の子
jeg[ヤイ]私は、skal=助動詞(shall), vuggeゆりかご、dig=thee, våge=dare
har(have)- siddet(sidde=sitの過去分詞)→現在完了、fang=knee
de=they, to=two、har-leget(legeの過去分詞?) gespieltに意味に解しておく。
hele=all、Livsdag=Lebtage? lang=long
har(have)-hvilet(hvile=rest), ved=by, moder=parent, bryst=breast, signe=bless
har(have)-ligget(ligge=lie), til=to, mit→mitt(?)「私の」(中性・単数)、Hjerte-heart, træt=tired、nu不詳→nå(now)?、er(være=be)の現在形、han=he, så=so
最後に、白馬で遭難されたパーティは、一通りの装備を持参していたことを、彼らの名誉のために追記しておきたい。
* * *
北アルプス:冬山用ズボンなど遺留品回収 6人遭難死
毎日新聞 2012年05月07日 21時38分
長野県白馬村の北アルプス・白馬岳(2932メートル)で北九州市の男性6人が遺体で発見された遭難事故で、同村山岳遭難防止対策協会(遭対協)の隊員2人が7日、遺体発見現場に入り、5人分のザックなどの遺留品を回収した。1人のザックについては遺体と共に既に回収している。
遺留品は長野県警大町署員が確認した後、遭対協の降籏義道隊長が取材に応じた。五つのザックにはそれぞれ、春・夏山用の羽毛ジャケット、防風機能のある冬山用ズボン、保温機能のある登山用下着、予備の手袋、500ミリリットル入りの水3本などが入っており、約15キロの重さだった。簡易コンロも二つあったという。6人で使用したとみられ、発見時に遺体に巻き付いていたツェルト(簡易テント)1点も回収した。
6人は発見時、防水透湿性素材の雨がっぱに綿のズボン、ウールのシャツなどの薄着だった。降籏隊長は「冬山用のズボンを持っていたが、全身の装備は冬山に耐えられない。加えて、低体温症で判断が鈍り、吹雪になって着替えられなかったのではないか」と推測した。【巽賢司、福富智】
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劇音楽「ペール・ギュント」から「ソールヴェイの子守歌」
(08:10より)
Sov, du dyreste Gutten min!
お眠りなさい、いとしい坊や
Jeg skal vugge dig, jeg skal våge.
お前を揺りかごをいれて、ゆすってあげよう。
Gutten har siddet på sin Moders Fang.
坊やはお母さんの膝にずっと座ってた、
De to har leget hele Livsdagen lang.
ふたりはずうっと遊んでた。
Gutten har hvilet ved sin Moders Bryst
坊やはお母さんの胸で休んでた、
hele Livsdagen lang. Grud signe dig, min Lyst!
ずうっと長い間。神様がお守り下さいますように、愛しい坊や!
Gutten har ligget til mit Hjerte tæt
坊やは私の胸に、疲れて横たわってる
hele Livsdagen lang. Nu er han så træt.
ずうっと長い間。この子はとても疲れてる。
Sov, du dyreste Gutten min!
お眠りなさい、いとしい坊や
Jeg skal vugge dig, jeg skal våge.
お前を揺りかごをいれて、ゆすってあげよう。
Sov, du dyreste Gutten min!
お眠りなさい、いとしい坊や(繰り返し)
* * *
世界を放浪した果てに、瀕死の身となって故郷に戻るペール・ギュント。帰りを待ち続けていたソールヴェイが、ギュントを胸に抱いて歌う子守唄。それを聴きながら彼は息絶える。
Sov (søvn=sleepの命令形)、min=my, gutt男の子
jeg[ヤイ]私は、skal=助動詞(shall), vuggeゆりかご、dig=thee, våge=dare
har(have)- siddet(sidde=sitの過去分詞)→現在完了、fang=knee
de=they, to=two、har-leget(legeの過去分詞?) gespieltに意味に解しておく。
hele=all、Livsdag=Lebtage? lang=long
har(have)-hvilet(hvile=rest), ved=by, moder=parent, bryst=breast, signe=bless
har(have)-ligget(ligge=lie), til=to, mit→mitt(?)「私の」(中性・単数)、Hjerte-heart, træt=tired、nu不詳→nå(now)?、er(være=be)の現在形、han=he, så=so
白馬岳で遭難の報 2
- 2012-05-06 (Sun)
- コンデジ(Olympus & Sigma)と日記
今回の遭難についていろいろ考えさせられた。
想像以上の天候の激変に、雨具や防寒具を装備する間もなく低体温になり、思考能力が無くなり、やがて意識を失ったのだと思う。標高は2700メートル位だから、軽度の高山病になっていた可能性もある。それを責めることは誰にもできまい。
「T-シャツに夏用の雨ガッパ」とまでアサヒったり、病院で遺族を追いかけ回したり、といったマスゴミの醜態には言葉もない。それが「ブンヤ魂」というものか。
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<北アルプス>8人死亡 5人は北九州市の男性グループ
毎日新聞 5月5日(土)21時16分配信
5日午前8時ごろ、長野県白馬村の北アルプス・白馬(しろうま)岳(2932メートル)の尾根で「登山者6人が倒れている」と別の登山者が近くの山荘を通じて県警大町署に通報した。県警ヘリが6人を収容したが全員の死亡が確認された。死因はいずれも低体温症。県警はうち5人について4日から連絡が取れなくなっていた北九州市の63~78歳の男性グループと特定した。
北アルプスでは4~5日に遭難が相次ぎ、この6人を含め62~78歳とみられる計8人が死亡した。警察庁によると、単独パーティーの6人死亡は09年7月に北海道・大雪山系のトムラウシで8人が死亡した事故以来の規模。
県警によると、6人の遺体が見つかったのは、同県小谷(おたり)村の小蓮華(これんげ)山(2766メートル)から白馬岳への尾根上。救助隊によると、6人は断熱材のない雨具に綿のズボン、ウールのシャツ、下着などの軽装で、手袋も薄かった。
白馬岳山頂近くの白馬(はくば)山荘によると、山荘周辺は4日午後から吹雪になり、視界不良となった。午後4時には氷点下2度まで低下。長野地方気象台によると、寒気を伴った気圧の谷が通過して天候が急変したという。
北九州市の6人は、3日から2泊3日のプランで小谷村の栂池(つがいけ)高原から入山。3日夜は同高原の栂池ヒュッテに宿泊し、4日午後3時に白馬山荘に到着する予定だった。
また4日午後7時ごろ、岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂の涸沢(からさわ)岳(3110メートル)に来ていた福岡県の6人グループから「吹雪で動けなくなった」と県警に救助要請があり、71歳の男性が死亡。5日午前6時50分ごろ、長野県大町市の爺ケ岳(じいがたけ)(2670メートル)で「女性が登山道で倒れている」と大町署に通報があり、大阪市の62歳の女性が死亡した。【大島英吾、巽賢司】
<北アルプス>遭難で8人死亡 十分な防寒具を持たず
毎日新聞 5月5日(土)21時44分配信
ゴールデンウイーク(GW)終盤の北アルプスを吹雪が襲った。遭難して死亡した8人はいずれも60代以上の中高年。8人のうち、長野県白馬村の白馬(しろうま)岳(2932メートル)で死亡した6人の中には、山登りの「ベテラン」もいたというが、十分な防寒具を備えていなかった。「軽装が事故につながったのか」。救助隊員らは無念を隠せなかった。【渡辺諒、福富智】
栂池(つがいけ)高原の山小屋の従業員によると、北九州市の6人のパーティーは事前の予約通り、3日午後2~3時に栂池ヒュッテに到着した。4日は午前5時ごろに白馬岳山頂近くの白馬(はくば)山荘に向けて出発。従業員は「6人は(雪面を歩くための)アイゼンを付け、ピッケルを持っていたと思う」と振り返る。出発時は青空が見える好天だったという。
GWの山小屋はにぎわう。しかし予報では4日午後から天気が崩れるため、他の客は宿泊をキャンセルしたり、縦走ルートを変更するなどした。この日、白馬岳方面へ向かった別の1組は天候悪化で引き返した。
栂池高原から白馬岳へ向かう縦走ルートは標高差約1000メートルを登る約7キロのコース。白馬山荘によると、はしごや鎖を使う危険な場所はなく、好天なら中高年でも登れるという。しかし天候が急変しやすく、強い西風を正面から受けて尾根づたいに進むため、疲労がたまりやすい。
正午~午後2時ごろ、栂池から白馬岳方面に向かう途中に天候悪化で引き返した東京都の男性(63)は、後に遺体が見つかった尾根で6人とすれ違った。「『天気が悪いので、私たちは引き返して来ました』と話しかけたが、返事はなかった。1人が疲れた様子で、その人のザックを別の人が担いでいた」。しばらくして天候は一層荒れ、吹雪になったという。
6人は白馬山荘にたどり着かず、山荘から連絡を受けた6人のうち1人の家族が、同5時40分に県警大町署へ届け出た。
一夜明けた5日午前5時半、県警はヘリで白馬岳周辺の捜索を開始。同7時40分、愛知県豊橋市の男性(42)が、6人と逆に白馬岳から栂池へ縦走していて遺体を発見した。「6人の周りにテントのようなナイロンが散らばっていた。風で飛ばされたような状態だった」。男性は携帯電話で110番した。さらに同8時、付近を通った埼玉県川越市の男性(37)は「5~6人が倒れているのが見えた。2~3メートルおきに倒れていたり、体育座りのような姿で集まっていた」と話した。
捜索にあたった白馬村山岳遭難防止対策協会の降籏(ふるはた)義道・救助隊長らによると、遭難時に避難のために掘る「雪洞」を作った形跡は付近になかったという。6人はいずれも低体温症で、天候の急変で体温を奪われ、動けなくなったとみられる。降籏隊長は「末端の手から冷えて一気に体温を奪われたのではないか」と推測する。付近に強風から身を隠す場所もなかった。
6人が遺体で見つかった長野、富山、新潟県境の「三国境」付近は、白馬山荘まであと2時間弱の地点だった。
北アルプス白馬岳6人死亡 死亡した6人の身元判明
フジテレビ系(FNN) 5月5日(土)21時17分配信
北アルプスで遭難が相次ぎ、このうち、長野県の白馬岳に向かう登山道で6人全員が死亡した福岡県のパーティーの身元が判明した。
北アルプス白馬岳で死亡したのは、北九州市の医師・政所良治(まんどころ・よしはる)さん(78)ら医師4人と獣医師1人など、60~70代の男性6人とみられている。
5日午前8時ごろ、登山者が倒れている6人を見つけ、長野県警のヘリコプターが麓に運んだが、全員死亡が確認された。
4日の白馬岳周辺は午後から吹雪になり、夕方には気温が氷点下まで下がったという。
警察によると、死因は低体温症で、6人とも防寒用のダウンやフリースを身に着けていなかったという。
また、1人は雨具を上下セットで着ていたが、残る5人の雨具はジャケットだけだったということで、救助関係者は、天候の急変と不十分な装備が遭難につながったのではないかと指摘している。
Tシャツ、雨がっぱの軽装も 白馬岳で6人遭難死
テレビ朝日系(ANN) 5月5日(土)18時30分配信
北アルプスで合わせて8人が死亡した遭難事故のうち、6人はTシャツに雨がっぱという軽装で、死因は低体温症とみられています。これまでに白馬岳で6人、爺ヶ岳、涸沢岳でそれぞれ1人が死亡しました。北アルプスは、4日午後から東日本に大雨をもたらしたのと同じ低気圧によって雲に覆われ、身動きが取れないほどの吹雪だったということです。
標高3000メートル近い白馬岳周辺は4日午後から吹雪となり、冬山の装備が必要な天候でした。白馬岳で死亡した6人は、北九州市から訪れた63歳から78歳の男性とみられ、Tシャツの上に夏用の雨がっぱを着ただけの軽装備だったことが分かりました。6人が宿泊を予定していた宿を訪れないことから長野県警などが5日朝から捜索を行っていたところ、午前8時ごろ、斜面に倒れている男性6人を別の登山者が発見しました。ヘリコプターで収容されましたが、まもなく全員の死亡が確認されました。現在、警察が身元の確認を進めています。このほか、4日に単独で北アルプスの爺ヶ岳に入山した大阪市の女性(62)が、「吹雪で身動きが取れない」と山小屋に連絡してきた後、行方が分からなくなりました。5日朝になってヘリコプターで救助されましたが、死亡が確認されました。最終更新:5月5日(土)21時47分
<北アルプス>「軽装で行くなんて」遭難グループの知人絶句
毎日新聞 5月5日(土)21時48分配信
拡大写真
遭難者を収容した現場(○印)。右上は白馬岳の山頂へ向かう登山道=長野県・北アルプス白馬岳北側の三国境付近で2012年5月5日午前11時34分、本社ヘリから西本勝撮影
死亡が確認された北九州市内の男性らは医師を中心とした山仲間だった。グループのリーダーで門司区の小児科医、岡崎薫さん(75)と知り合いの男性会社社長は「山スキーにも出かけるベテラン。山のことはよく知っていたはずで、軽装で北アルプスに行くなんてありえない」と絶句した。近くに住む70代の女性は「お医者さんは忙しいから連休中でなければ山登りにもいけないのでしょう。とてもやりきれない」と語った。
グループ最年長の医師、政所(まんどころ)良治さん(78)と数十年前に一緒の病院で働いたという医師、橋本二郎さん(83)は一報を聞いて政所さんが勤務する病院へ駆け付けた。取材に「政所さんはスポーツが得意で20年前から山に登っていた」と言う。
門司区の整形外科医、井上義和さん(66)はアフリカ最高峰キリマンジャロへの登山経験もあったという。医師仲間は「海外の山にも出かけるベテランで、慎重な性格。軽装で登るなんて考えられない。突然の気象の変化でもあったのだろうか」と悔しそうに話す。
近くに住む左官業、久保和男さん(66)も「病院の待合室には山で撮った花などの写真がたくさん飾ってあった。GW前に診療を受けた時にも雪山の写真を見せてもらい、『先生、こんなところに行くの』と聞いたら、『今回は雪のあるところには行かないから大丈夫』と言っていたのに……」と唇をかんだ。
グループの一人とみられる角田重雄さん(63)は門司電気工事業協同組合理事長を務めていた。経営する会社の女性事務員(50)は「年1回は北アルプスなどに出掛け、『3000メートル級は全て踏破したい』と話していた。連休前に『気を付けてきてください』と声を掛けたのだが」と信じられない様子だった。【河津啓介、高橋克哉、尾垣和幸】
◇「今は話せない」親族ら身元確認へ
長野県大町市の県警大町署には5日正午ごろ、北九州市のグループとみられる6人の遺体がワゴン車で運び込まれた。午後3時過ぎから親族らが次々と駆けつけ、身元の確認に当たった。署には約30人の報道陣が詰めかけていたが、問いかけには応じず、険しい表情で署内に入った。遺族は署を通じて「今は話せる心境にありません」「静かに仏様と過ごさせてほしい」というコメントを出した。 同署は例年、大型連休期間中に主な登山口に署員を配置し、北アルプス北部地区山岳遭難防止対策協会のメンバーと共に、登山客に十分な装備で入山するよう呼び掛けている。
同署幹部は「軽装の登山客には注意をすることもあるが、反応はまちまちだ。事故を防ぐため、冬山に入るという意識をしっかりもってほしい」と訴えた。【古川修司】
想像以上の天候の激変に、雨具や防寒具を装備する間もなく低体温になり、思考能力が無くなり、やがて意識を失ったのだと思う。標高は2700メートル位だから、軽度の高山病になっていた可能性もある。それを責めることは誰にもできまい。
「T-シャツに夏用の雨ガッパ」とまでアサヒったり、病院で遺族を追いかけ回したり、といったマスゴミの醜態には言葉もない。それが「ブンヤ魂」というものか。
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<北アルプス>8人死亡 5人は北九州市の男性グループ
毎日新聞 5月5日(土)21時16分配信
5日午前8時ごろ、長野県白馬村の北アルプス・白馬(しろうま)岳(2932メートル)の尾根で「登山者6人が倒れている」と別の登山者が近くの山荘を通じて県警大町署に通報した。県警ヘリが6人を収容したが全員の死亡が確認された。死因はいずれも低体温症。県警はうち5人について4日から連絡が取れなくなっていた北九州市の63~78歳の男性グループと特定した。
北アルプスでは4~5日に遭難が相次ぎ、この6人を含め62~78歳とみられる計8人が死亡した。警察庁によると、単独パーティーの6人死亡は09年7月に北海道・大雪山系のトムラウシで8人が死亡した事故以来の規模。
県警によると、6人の遺体が見つかったのは、同県小谷(おたり)村の小蓮華(これんげ)山(2766メートル)から白馬岳への尾根上。救助隊によると、6人は断熱材のない雨具に綿のズボン、ウールのシャツ、下着などの軽装で、手袋も薄かった。
白馬岳山頂近くの白馬(はくば)山荘によると、山荘周辺は4日午後から吹雪になり、視界不良となった。午後4時には氷点下2度まで低下。長野地方気象台によると、寒気を伴った気圧の谷が通過して天候が急変したという。
北九州市の6人は、3日から2泊3日のプランで小谷村の栂池(つがいけ)高原から入山。3日夜は同高原の栂池ヒュッテに宿泊し、4日午後3時に白馬山荘に到着する予定だった。
また4日午後7時ごろ、岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂の涸沢(からさわ)岳(3110メートル)に来ていた福岡県の6人グループから「吹雪で動けなくなった」と県警に救助要請があり、71歳の男性が死亡。5日午前6時50分ごろ、長野県大町市の爺ケ岳(じいがたけ)(2670メートル)で「女性が登山道で倒れている」と大町署に通報があり、大阪市の62歳の女性が死亡した。【大島英吾、巽賢司】
<北アルプス>遭難で8人死亡 十分な防寒具を持たず
毎日新聞 5月5日(土)21時44分配信
ゴールデンウイーク(GW)終盤の北アルプスを吹雪が襲った。遭難して死亡した8人はいずれも60代以上の中高年。8人のうち、長野県白馬村の白馬(しろうま)岳(2932メートル)で死亡した6人の中には、山登りの「ベテラン」もいたというが、十分な防寒具を備えていなかった。「軽装が事故につながったのか」。救助隊員らは無念を隠せなかった。【渡辺諒、福富智】
栂池(つがいけ)高原の山小屋の従業員によると、北九州市の6人のパーティーは事前の予約通り、3日午後2~3時に栂池ヒュッテに到着した。4日は午前5時ごろに白馬岳山頂近くの白馬(はくば)山荘に向けて出発。従業員は「6人は(雪面を歩くための)アイゼンを付け、ピッケルを持っていたと思う」と振り返る。出発時は青空が見える好天だったという。
GWの山小屋はにぎわう。しかし予報では4日午後から天気が崩れるため、他の客は宿泊をキャンセルしたり、縦走ルートを変更するなどした。この日、白馬岳方面へ向かった別の1組は天候悪化で引き返した。
栂池高原から白馬岳へ向かう縦走ルートは標高差約1000メートルを登る約7キロのコース。白馬山荘によると、はしごや鎖を使う危険な場所はなく、好天なら中高年でも登れるという。しかし天候が急変しやすく、強い西風を正面から受けて尾根づたいに進むため、疲労がたまりやすい。
正午~午後2時ごろ、栂池から白馬岳方面に向かう途中に天候悪化で引き返した東京都の男性(63)は、後に遺体が見つかった尾根で6人とすれ違った。「『天気が悪いので、私たちは引き返して来ました』と話しかけたが、返事はなかった。1人が疲れた様子で、その人のザックを別の人が担いでいた」。しばらくして天候は一層荒れ、吹雪になったという。
6人は白馬山荘にたどり着かず、山荘から連絡を受けた6人のうち1人の家族が、同5時40分に県警大町署へ届け出た。
一夜明けた5日午前5時半、県警はヘリで白馬岳周辺の捜索を開始。同7時40分、愛知県豊橋市の男性(42)が、6人と逆に白馬岳から栂池へ縦走していて遺体を発見した。「6人の周りにテントのようなナイロンが散らばっていた。風で飛ばされたような状態だった」。男性は携帯電話で110番した。さらに同8時、付近を通った埼玉県川越市の男性(37)は「5~6人が倒れているのが見えた。2~3メートルおきに倒れていたり、体育座りのような姿で集まっていた」と話した。
捜索にあたった白馬村山岳遭難防止対策協会の降籏(ふるはた)義道・救助隊長らによると、遭難時に避難のために掘る「雪洞」を作った形跡は付近になかったという。6人はいずれも低体温症で、天候の急変で体温を奪われ、動けなくなったとみられる。降籏隊長は「末端の手から冷えて一気に体温を奪われたのではないか」と推測する。付近に強風から身を隠す場所もなかった。
6人が遺体で見つかった長野、富山、新潟県境の「三国境」付近は、白馬山荘まであと2時間弱の地点だった。
北アルプス白馬岳6人死亡 死亡した6人の身元判明
フジテレビ系(FNN) 5月5日(土)21時17分配信
北アルプスで遭難が相次ぎ、このうち、長野県の白馬岳に向かう登山道で6人全員が死亡した福岡県のパーティーの身元が判明した。
北アルプス白馬岳で死亡したのは、北九州市の医師・政所良治(まんどころ・よしはる)さん(78)ら医師4人と獣医師1人など、60~70代の男性6人とみられている。
5日午前8時ごろ、登山者が倒れている6人を見つけ、長野県警のヘリコプターが麓に運んだが、全員死亡が確認された。
4日の白馬岳周辺は午後から吹雪になり、夕方には気温が氷点下まで下がったという。
警察によると、死因は低体温症で、6人とも防寒用のダウンやフリースを身に着けていなかったという。
また、1人は雨具を上下セットで着ていたが、残る5人の雨具はジャケットだけだったということで、救助関係者は、天候の急変と不十分な装備が遭難につながったのではないかと指摘している。
Tシャツ、雨がっぱの軽装も 白馬岳で6人遭難死
テレビ朝日系(ANN) 5月5日(土)18時30分配信
北アルプスで合わせて8人が死亡した遭難事故のうち、6人はTシャツに雨がっぱという軽装で、死因は低体温症とみられています。これまでに白馬岳で6人、爺ヶ岳、涸沢岳でそれぞれ1人が死亡しました。北アルプスは、4日午後から東日本に大雨をもたらしたのと同じ低気圧によって雲に覆われ、身動きが取れないほどの吹雪だったということです。
標高3000メートル近い白馬岳周辺は4日午後から吹雪となり、冬山の装備が必要な天候でした。白馬岳で死亡した6人は、北九州市から訪れた63歳から78歳の男性とみられ、Tシャツの上に夏用の雨がっぱを着ただけの軽装備だったことが分かりました。6人が宿泊を予定していた宿を訪れないことから長野県警などが5日朝から捜索を行っていたところ、午前8時ごろ、斜面に倒れている男性6人を別の登山者が発見しました。ヘリコプターで収容されましたが、まもなく全員の死亡が確認されました。現在、警察が身元の確認を進めています。このほか、4日に単独で北アルプスの爺ヶ岳に入山した大阪市の女性(62)が、「吹雪で身動きが取れない」と山小屋に連絡してきた後、行方が分からなくなりました。5日朝になってヘリコプターで救助されましたが、死亡が確認されました。最終更新:5月5日(土)21時47分
<北アルプス>「軽装で行くなんて」遭難グループの知人絶句
毎日新聞 5月5日(土)21時48分配信
拡大写真
遭難者を収容した現場(○印)。右上は白馬岳の山頂へ向かう登山道=長野県・北アルプス白馬岳北側の三国境付近で2012年5月5日午前11時34分、本社ヘリから西本勝撮影
死亡が確認された北九州市内の男性らは医師を中心とした山仲間だった。グループのリーダーで門司区の小児科医、岡崎薫さん(75)と知り合いの男性会社社長は「山スキーにも出かけるベテラン。山のことはよく知っていたはずで、軽装で北アルプスに行くなんてありえない」と絶句した。近くに住む70代の女性は「お医者さんは忙しいから連休中でなければ山登りにもいけないのでしょう。とてもやりきれない」と語った。
グループ最年長の医師、政所(まんどころ)良治さん(78)と数十年前に一緒の病院で働いたという医師、橋本二郎さん(83)は一報を聞いて政所さんが勤務する病院へ駆け付けた。取材に「政所さんはスポーツが得意で20年前から山に登っていた」と言う。
門司区の整形外科医、井上義和さん(66)はアフリカ最高峰キリマンジャロへの登山経験もあったという。医師仲間は「海外の山にも出かけるベテランで、慎重な性格。軽装で登るなんて考えられない。突然の気象の変化でもあったのだろうか」と悔しそうに話す。
近くに住む左官業、久保和男さん(66)も「病院の待合室には山で撮った花などの写真がたくさん飾ってあった。GW前に診療を受けた時にも雪山の写真を見せてもらい、『先生、こんなところに行くの』と聞いたら、『今回は雪のあるところには行かないから大丈夫』と言っていたのに……」と唇をかんだ。
グループの一人とみられる角田重雄さん(63)は門司電気工事業協同組合理事長を務めていた。経営する会社の女性事務員(50)は「年1回は北アルプスなどに出掛け、『3000メートル級は全て踏破したい』と話していた。連休前に『気を付けてきてください』と声を掛けたのだが」と信じられない様子だった。【河津啓介、高橋克哉、尾垣和幸】
◇「今は話せない」親族ら身元確認へ
長野県大町市の県警大町署には5日正午ごろ、北九州市のグループとみられる6人の遺体がワゴン車で運び込まれた。午後3時過ぎから親族らが次々と駆けつけ、身元の確認に当たった。署には約30人の報道陣が詰めかけていたが、問いかけには応じず、険しい表情で署内に入った。遺族は署を通じて「今は話せる心境にありません」「静かに仏様と過ごさせてほしい」というコメントを出した。 同署は例年、大型連休期間中に主な登山口に署員を配置し、北アルプス北部地区山岳遭難防止対策協会のメンバーと共に、登山客に十分な装備で入山するよう呼び掛けている。
同署幹部は「軽装の登山客には注意をすることもあるが、反応はまちまちだ。事故を防ぐため、冬山に入るという意識をしっかりもってほしい」と訴えた。【古川修司】
白馬岳で遭難の報
- 2012-05-05 (Sat)
- コンデジ(Olympus & Sigma)と日記
白馬岳で6人パーティの遭難の報を聞く。
目指していたコースを聞く限り、余裕のある行程だったようだ。しかし昨日は平地であれだけ不安定な天気だったから、山では大荒れだっただろう。実際、吹雪だったという。
このコースを昨年夏に逆の行程で登ったが、大池から先はまったく遮るもののない稜線。ちょうど写真のあたりと思われる。吹雪に長時間吹きさらされて体力・気力を消耗し、意識を失われた経過が想像できる。意識を回復されるようお祈り致します。
追記:
全員が亡くなられたと続報あり、合掌。
白馬大池で一泊されれば今日は好天下の快適な縦走となっただろうに。。(追記、GW中は営業していないとのことだった)
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jiji.com 。(2012/05/05-11:22)
白馬岳登山の6人遭難=意識不明の4人収容-長野県警
長野県白馬村の北アルプス・白馬岳(2932メートル)へ登山に向かい、連絡が取れなくなっていた北九州市在住の男性6人について、県警は5日午前、上空からヘリコプターで捜索し、白馬岳へ行く途中の小蓮華山の山頂から約200メートル下に全員が倒れているのを発見した。県警はこのうち4人をヘリで収容したが、意識不明という。残る2人の救助も急ぐ。
県警大町署などによると、男性6人は60~70歳代のグループ。一行は3日に長野県小谷村の栂池高原にある山小屋に1泊した。4日早朝、白馬岳を目指し出発。同日夕に山頂近くの「白馬山荘」に宿泊する予定だったが、一行は山荘へ到着せず、携帯電話もつながらないため、このうち1人の家族が県警に通報した。
山小屋関係者によると、白馬岳周辺は4日午後、天候が急変して吹雪となり、視界がかなり悪かったという。
一方、北アルプスの爺ケ岳近くで、4日から連絡が取れなかった大阪市の女性(62)が倒れているのを登山者が発見。女性は意識不明といい、県警がヘリで救助する予定。
目指していたコースを聞く限り、余裕のある行程だったようだ。しかし昨日は平地であれだけ不安定な天気だったから、山では大荒れだっただろう。実際、吹雪だったという。
このコースを昨年夏に逆の行程で登ったが、大池から先はまったく遮るもののない稜線。ちょうど写真のあたりと思われる。吹雪に長時間吹きさらされて体力・気力を消耗し、意識を失われた経過が想像できる。意識を回復されるようお祈り致します。
追記:
全員が亡くなられたと続報あり、合掌。
白馬大池で一泊されれば今日は好天下の快適な縦走となっただろうに。。(追記、GW中は営業していないとのことだった)
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jiji.com 。(2012/05/05-11:22)
白馬岳登山の6人遭難=意識不明の4人収容-長野県警
長野県白馬村の北アルプス・白馬岳(2932メートル)へ登山に向かい、連絡が取れなくなっていた北九州市在住の男性6人について、県警は5日午前、上空からヘリコプターで捜索し、白馬岳へ行く途中の小蓮華山の山頂から約200メートル下に全員が倒れているのを発見した。県警はこのうち4人をヘリで収容したが、意識不明という。残る2人の救助も急ぐ。
県警大町署などによると、男性6人は60~70歳代のグループ。一行は3日に長野県小谷村の栂池高原にある山小屋に1泊した。4日早朝、白馬岳を目指し出発。同日夕に山頂近くの「白馬山荘」に宿泊する予定だったが、一行は山荘へ到着せず、携帯電話もつながらないため、このうち1人の家族が県警に通報した。
山小屋関係者によると、白馬岳周辺は4日午後、天候が急変して吹雪となり、視界がかなり悪かったという。
一方、北アルプスの爺ケ岳近くで、4日から連絡が取れなかった大阪市の女性(62)が倒れているのを登山者が発見。女性は意識不明といい、県警がヘリで救助する予定。
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